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田んぼでバレーボール。長野県でなぜ応募殺到の“伝説イベント”に?

田んぼでバレーボール。長野県でなぜ応募殺到の“伝説イベント”に?

長野県・辰野町。人口600人ほどの小さな里山集落である渡戸(わたど)地区で行われている「どろん田バレーボールフェスタ」は、田んぼをコートにして泥まみれでバレーボールを楽しむ、ユニークな地域イベントだ。きっかけは、地元の仲間たちとの“飲みの席”というのも、この地域のほがらかさを表している。

「休耕田があるなら、そこで何かやろう。道具も最小限のバレーボールならいけるんじゃないか」。そんな発想から生まれた大会は、最大200チームがエントリーしたこともあるという大人気イベントに。衣装は自由。背広にネクタイ、学生服、ウェディングドレス……“泥んこ”の非日常は、地域のおばあちゃんたちの笑顔と温かい歓声をも力に変えて、いつしか「渡戸って、賑やかでいいね」と言われる地元の誇りにもつながっていった。

今回話を聞いたのは、発起人の船木さん、根橋さん、復活期の実行委員メンバーで信州大学学生の松岡さん、そしてどろん田バレーボールフェスタ実行委員会の合田さん。“遊び”でありながら“スポーツ”として秩序を守り、地域総出で支える。参加者は「楽しかった」を持ち帰り、リピーターが増えていく。イベントの裏側には、地域と外部の人をつなぐ、確かな仕組みがあった。

「休耕田で何かやりたい」。きっかけは飲み会の雑談から

どろん田バレーボールフェスタの試合中の様子。ネットと支柱となる木材は山から伐採し用意をするなど、全ての運営を地域住民が主体で行っている

始まりは、思いがけないほど素朴だった。「きっかけは飲み会。地元の仲間6人と『せっかく休耕田があるから何かやりたいね』という話になったんです。『じゃあ、バレーボールでもやってみようか』って。1996年の8月のことです」と発起人の舟木さんは大らかな口調で振り返る。

“田んぼでスポーツ”は突飛に聞こえるが、ただ、発想の根っこには絵空事ではない、現実的な算段があった。「農業で使ってる道具を使ってやれば、一面くらいはできる。6人いるから、もう少し人を集めれば2チームできて試合ができるんじゃないか、って」(船木さん)。

背伸びをせず、今あるものを活かす。その姿勢が、地域の“できる”を引き出した。

飲みの席で決まった話も冗談で終わらなかった。根橋さんが渡戸地区の住民や地元新聞や役所に声をかけ、中学生から40代までの7チームが集まり、第1回が実現する。

当初は「2チーム、10人ばかり集まれば、1試合できるから」という軽いつもりだったという。しかし、初回の光景が思わぬ反響を呼んだ。船木さんは「アマチュアカメラマンが当日に40人くらい来てて。珍しかったんでしょうね、写真をコンテストに出したらあちこちで入選して、新聞や雑誌に載った。『こんなに取り上げてくれるなら来年もやってみようか』となって、2回目、3回目と続いていったんです。広がり方が、想像以上だった」と語る。

その一方で、ただ“面白い”だけでは続かない。どろん田バレーが20年という時間を走り抜けられた背景には、最初から「来年も、また」が生まれる土壌があった。

大自然での“レアな体験”が口コミで広がりリピーターが激増

長野県上伊那郡辰野町を流れる横川川(よこかわかわ)は、天竜川水系の一級河川。辰野町はホタルが有名で、豊かな自然環境が残るエリアとしても知られている

どろん田バレーの特徴は、泥に飛び込み、転び、笑いながらも真剣にボールを追う姿だ。けれど当事者たちは、“泥んこ”の楽しさを偶然に任せず、体験として成立させる工夫を積み重ねてきた。

船木さんは魅力をこう言語化する。「試合が終わって泥んこになっても、すぐ隣に横川川があって、泥を落とせる。都会から来てくれた人たちは、川に入って水浴びができるのも楽しみのようです」。

試合後に横川川で泥を流す参加者たち。澄んだ水に浸かるこの瞬間もどろん田バレーがリピートされる大きな理由でもある

地元の貴重な自然が、そのまま自然の水風呂の役割を果たす。地域資源が、参加者の体験価値に直結している。

さらに、会場には「自由」な空気が流れる。船木さんは「服装は最初から自由。最初に来たチームは背広姿の20代。裸の上に背広を着てネクタイして(笑)。他にもウェディングドレスやメイド姿など、いろんな格好で出てきた。でもこっちで『こういうことしてください』ってことは一切言わなかった」と振り返る。運営が“型”を押し付けないからこそ、参加者が自分たちでイベントを盛り上げて、田んぼが「舞台」へと変化する。

ただし、放任ではない。むしろ、この大会の強さは“秩序”の設計にある。象徴的なのが、レッドカード/イエローカードの導入だ。船木さんは「次の試合の人が前の試合の得点係をやるルールがあって、出てこないチームは次の試合は不戦敗になる。あと試合中の遅延や危険行為にはイエローかレッドカードを出して、退場となることもあります」と説明する。

参加者が運営に関わる仕組みと、競技の公正さを守る線引き。地域イベントが“続く形”を持つには、こうした合意のルールが欠かせない。

もう一つ、継続の鍵になったのが「最低2試合」の保証だ。根橋さんはこう語る。「トーナメント方式も提案があったんだけど、せっかく泥だらけになっちゃったのに1回で負けて帰るのもかわいそう。リーグ戦だと時間がかかるので、1チーム最低2回はできるように、特別な組み合わせを作ってやってます」。勝敗の真剣さを保ちながら、参加者が“体験として持ち帰れる”ようにする。イベント設計として、教育的なのも魅力だ。

競技面でも、初心者が置き去りにならない工夫がある。ボールは、3回で返さなければならないルールで、3人がボールに触り相手コートに返す。1人だけ上手い人がいてもボールは返ってこない。個のスターではなく、チームの協働を促すルール。ここにも“スポーツ×学び”の芽がある。

こうしたルールと大自然でのレアな体験は口コミを生んだ。根橋さんは「私たちはあんまり発信してなくて、参加してくれた人たちが『楽しかったよ』ってどんどん発信して、年々多くなってきた」と語る。最盛期には「最大200チームの申し込みがあり、56チーム、500人の参加で行った」という。地域発の小さな挑戦が、人を動かす“物語”になった。

配信元: パラサポWEB

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