
「好奇心は猫を殺す」ということわざがあるくらい、猫は好奇心旺盛な動物として知られています。
しかしイギリスのサセックス大学(UoS)の研究チームが、「おもちゃ」と「箱」を使ってネコに対する認知テストを行ったところ、意外な結果が得られました。
箱で隠されたおもちゃが「予想どおりの場所」に出てきたときと、「予想外の場所」に出てきたときで猫の反応を比べたところ──猫は「予想どおりの」のほうで、おもちゃで遊ぶ確率が高く、箱に近づく行動も多く見られたのです。
これは赤ちゃんや犬で何度も確認されてきた「予想外の出来事に驚いて注目する」というパターンとは大きく異なります。
サセックス大学公式プレスリリースはこの点について、猫は「結局、それほど好奇心旺盛ではなかった(Not So Curious After All)」と表現しています。
いったいなぜ、猫たちは「驚き」よりも「いつもどおり」を好んだのでしょうか?
研究の詳細は2025年7月9日付で学術誌『PLOS One』に掲載されました。
目次
- 実は猫は「ルーティン」も大切にする生き物
- 猫は研究者の予想を3回裏切った
- なぜ猫は「予想通り」に惹かれるのか?
実は猫は「ルーティン」も大切にする生き物
猫は「予想通り」と「予想外」のどちらを好むか?

猫の行動はきまぐれです。
奮発して買ったキラキラの猫用おもちゃには一瞥もくれないのに、Amazonの段ボール箱にはすぐ飛び込む。
猫じゃらしは3日で飽きるのに、なぜか紐や綿棒だけは半年間の愛用品──そんな経験はないでしょうか。
猫は「好奇心旺盛な動物」だとよく言われます。
新しい匂いを嗅ぎ、未知の隙間に鼻を突っ込み、飼い主がお風呂に入っていればドア越しにじっと覗いてくる。
しかし同時に、猫は恐ろしいほどルーティンを重んじる生き物でもあります。
毎日同じ時間にごはんを催促し、同じ場所で昼寝をし、家具の配置がちょっと変わっただけで何日も不機嫌になる子もいます。
つまり猫には「好奇心」と「ルーティンへの依存」という二面性がある。
ここまでは多くの人がなんとなく知っていることです。
問題は、猫が「予想外」と「予想どおり」のどちらに強く反応するのかということ。
そこで今回、サセックス大学の研究チームは、「対象の永続性」と呼ばれる認知能力を測るテストでこの問いに切り込みました。
難しそうな名前ですが、やっていることはいないいないばあと同じ。
「目の前で布をかぶせられても、その下にはおもちゃがあるはず」と理解する力のことです。
赤ちゃんは生まれてすぐにはこの理解を持っていません。
布をかけられた瞬間、「消えた!」と思って興味を失ってしまう。
けれど成長するにつれ、布をめくって探すようになります。
心理学者のピアジェはこの理解力の発達を6段階に分けました。
最高レベルのステージ6は、いわば手品のタネを見破る力。
「隠す瞬間を見ていなくても、推理して見つけられる」という段階です。
人間の子どもは1歳半〜2歳でここに到達します。
類人猿ではこの段階のクリアが確認されており、犬についても支持的な研究があります。
では猫はどうでしょうか?
これまでの研究では、猫はステージ4〜5(目の前で隠したものを探す)まではクリアできると確認されてきました。
逃げるネズミを追い、家具の裏に消えた獲物の位置を覚えている、あの優秀なハンターのことです。
研究者たちは「最高レベルのステージ6も当然クリアできるだろう」と予想していました。
猫に「手品」を見せてみた

研究ではある種の手品が行われました。
設定はシンプルです。
2つの段ボール箱と、猫のお気に入りのおもちゃ。
まずおもちゃを猫の目の前で片方の箱に入れます。
次にA4フォルダーで一瞬だけ猫の視界を遮り、その向こう側で箱を動かす音だけを聞かせます。
フォルダーを外すと──実験者が箱からおもちゃを取り出して置くのは、「予想どおりの箱」の上か、「反対側の箱」の上か。
猫から見れば、どちらも「何かガサガサやっていた」のは同じ。
違うのは結果だけです。
手品師がコインを左手から右手に移して見せるとき、観客が驚くのは「あるはずのところに、ない」「ないはずのところに、ある」というギャップ。
今回の実験で測ろうとしたのも、まさにこのギャップへの反応でした。
赤ちゃんや犬を使った先行研究では、こうした「予想外の結果」を見せられた被験体は、より長く見つめ、より積極的に近づくことがわかっています。
「あれ?なんで?」という驚きが、好奇心のスイッチを押すわけです。
加えて、研究チームはもうひとつ仕掛けを用意しました。
手品をする人間を「飼い主」と「見知らぬ研究者」の2パターンに分けたのです。
猫が「誰がやったか」で反応を変えるかどうかも、同時に調べることにしました。
実験はすべて猫の自宅で行われました。
慣れない場所ではストレスで猫が動かなくなってしまうからです。
参加した18匹の猫たちは、どんな反応を見せたのか。
結果は、研究者たちの予想を見事に裏切ることになります。
それも、3回。
猫は研究者の予想を3回裏切った

裏切り① 猫は「驚き」ではなく「いつもどおり」を選んだ
これが今回の研究の最大の発見です。
おもちゃが「予想どおりの場所」に出てきたときのほうが、猫は箱に近づき、遊ぶ確率が高く、興味の表れがはっきりしていたのです。
赤ちゃんや犬で確認されてきたパターンとは、真逆の反応でした。
主任研究者のジェマ・フォーマン氏は「猫は予想どおりの出来事と予想外の出来事を区別できていました。しかしその反応の方向は、赤ちゃんや犬で確認されてきたものとは正反対でした」と述べています。
「区別できていなかった」のではなく、「区別したうえで真逆の方向に振れた」。
ここが、この研究のいちばん大事なポイントです。
驚きではなく、予想どおりの展開に強く反応する動物。
それが今回浮かび上がってきた猫の姿でした。
裏切り② 半数以上が見つけられず、その多くが探そうとしなかった
もうひとつ衝撃的だったのは、手品を見せる前の段階──ただ目の前でおもちゃを箱に入れただけの「かくれんぼ」レベルのテストです。
そのいちばん簡単なテストで、18匹中10匹(約56%)がおもちゃを見つけられませんでした。
しかもそのうちの8匹は、探そうとすらしなかった。
つまり全体の約44%が、目の前で見ていたはずのおもちゃに、まったく手を出さなかったのです。
テスト用紙を配られた瞬間に突っ伏して寝る学生のような潔さです。
ただし、これは猫の頭が悪いという話ではありません。
過去の研究では、報酬を食べ物に変えると成功率が大きく上がることがわかっています。
知らない人間が持ってきた謎のぬいぐるみを箱から掘り出すことに、猫がメリットを感じなかった──ただそれだけのこと。
能力の問題というより、やる気の問題が大きかった可能性が高い、と著者たちは見ています。
猫の飼い主なら「わかるわかる」と深くうなずくのではないでしょうか。
裏切り③ 知らない人がいると「行動の使い分け」が起きた
3つめは、人の影響です。
見知らぬ研究者が関わると、猫はおもちゃへの関心を残す一方で、箱への関わりは弱まるという、複雑な反応を示したのです。
おもちゃには興味がある。
でも知らない人間が仕掛けた「装置」には警戒する。
猫らしい選り好みが、データにくっきり表れていました。
共著者のジョーダン・S・ロウ氏はこう説明しています。
「猫は認知的な課題に興味を持っていますが、知らない人がいると行動がより複雑になるのです」
さらに細かく見ていくと、性別・品種・暮らし方でも差が出ていました。
メス猫、雑種猫、完全室内飼いの猫、多頭飼いの家庭の猫は、おもちゃに興味を示す確率が高かったのです。
環境の違いや個体差が、こんなにくっきりデータに表れる動物も珍しいのです。
「猫は他の家畜種よりも、周囲の文脈にずっと敏感なのかもしれない」と論文は指摘しています。
しかし、そもそも、なぜ猫たちは予想通りに強く惹かれるのでしょうか?

