これまで、「格闘技」や「鍛え上げられた肉体」に強い魅力を感じてきたわけではない。けれども、5月15日公開の映画『スマッシング・マシーン』のマーク・ケアー=ドウェイン・ジョンソンを観ていると、その苦しみと葛藤を近くに感じる――。
『ワイルド・スピード』『ジュマンジ』シリーズ、DC映画『ブラックアダム』(2022)、そして『カリフォルニア・ダウン』(2015)や『スカイスクレイパー』(2018)。数々の代表作でドウェインが演じてきたのは、筋骨隆々で腕っぷしが強く、負け知らずの、いわば「無敵」の主人公だった。
それはプロレスラー“ザ・ロック”時代から引き継がれ、ドウェインに長らく求められてきたキャラクターだったのだろう。本作でドウェインが演じたのは、「世界最強」といわれた総合格闘技の選手マーク・ケアー。 しかし、“世界最強”の通り名とは裏腹に、今度のドウェインは無敵ではない。
敗北するドウェイン・ジョンソン
1990年代後半、レスリング選手だったマーク・ケアーは総合格闘技に転身し、アメリカの総合格闘技団体・UFCの王者に上り詰めた。恋人のドーンと暮らしながら、勝利の快感と高額の賞金を求めて戦い続けるマークは、日本の総合格闘技イベント「PRIDE」にも進出。活躍を続けていたが、同時に鎮痛剤オピオイドにも依存するようになっていた。
連戦連勝、負け知らずのマークは、自らが「負ける」ことを想像できずにいた。ところが1999年、「PRIDE.7」にてマークは痛恨の敗北を喫する――。
この“敗北”の物語を映画化したいと提案したのは、ほかでもないドウェイン自身だった。ケアーのドキュメンタリー『The Smashing Machine: The Life and Times of Extreme Fighter Mark Kerr(原題)』(2002)を観たドウェインは、2019年、『アンカット・ダイヤモンド』を手がけたサフディ兄弟に映画化の企画を打診したのである。
もっともその後、コロナ禍のために企画はなかなか動かなかった。しかし、サフディ兄弟の弟であるベニー・サフディが、『オッペンハイマー』(2023)でドウェインの友人であるエミリー・ブラントと共演したことからプロジェクトは一気に進展した。
リングの外側にあるドラマ
マーク・ケアーという人物にひかれ、監督・脚本を快諾したサフディはこう語る。
「彼はたくさんの問題を抱えていましたが、ファイターという職業である以上、問題ないふりをするしかなかった。彼の感情や複雑さ、知的な側面は、リング上の巨大でタフなキャラクターとは一致しない。両者はあまりにも矛盾しているのです」
その矛盾を描き出すためにサフディが選んだのは、“アンチ・スポーツ映画”とも言えるアプローチだった。多くのスポーツ映画が、試合や勝負にドラマとしてのクライマックスを持ってくるのに対し、本作はその逆といっていい。
試合の前後に自宅で過ごす時間や、トレーニングに打ち込む姿、あるいは病院、会場の控室。劇的な萌芽と見せ場は、そのほとんどがリングの外側にある。試合のシーンでもカメラはリングの中に決して入らないが、それはマーク・ケアーという人物を引き裂いている境界を強調するかのようだ。
リング上のマークは強い。その巨体で対戦相手を圧倒し、彼が「動物的本能」と形容するすさまじい暴力で相手を屈服させる。まさに“スマッシング・マシーン”だ。ところが、控室では試合に向けて言葉にならない緊張感を高め、そして敗北を喫すると涙を流す。自宅に帰れば、自分が負けたという事実を受け入れられず、ぼんやりとするしかない。ついには鎮痛剤の過剰摂取で意識を失い、病院へ搬送される。
