
オランダのアムステルダム大学医療センター(Amsterdam UMC)で行われた研究によって、粒子加速器から発生した強力なX線をクリトリスを含む腰部に照射したところ、これまでで最も精密なクリトリスの神経構造が3Dで描き出すことに成功しました。
そこに浮かび上がった姿は、長年医学の教科書に描かれてきたイラストとはまるで別物でした。
亀頭の中で「先細りして消える」とされてきた神経が、実は5本の太い幹に分かれて樹木のように広がり、しかもこれまで描かれてこなかった包皮や恥丘の皮膚にまで枝を伸ばしていたのです。
研究者らは今回の成果を「クリトリス科学の出発点」と述べています。
では、なぜ500年以上もの長きにわたり、人類はこの器官の本当の姿を描けずにいたのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年3月20日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて発表されました。
目次
- 「恥ずべき器官」と呼ばれていた時代から続く、知識の空白
- 「粒子加速器×クリトリス」で見えてきたもの
- クリトリスの神経は恥丘と包皮を繋いでいる
- この発見は手術の「危険ゾーン」を書き換える
「恥ずべき器官」と呼ばれていた時代から続く、知識の空白

1486年の魔女狩り文書『魔女に与える鉄槌』などに代表される言説の中で、クリトリスは「悪魔の乳首」とみなされていきました。
これは魔女を見分ける身体的特徴のひとつとされ、女性の身体の一部が文字通り罪の証拠として扱われていた時代の記録です。
時代は下って1546年、フランスの解剖学者シャルル・エティエンヌは、自著の中でクリトリスを「恥ずべき器官」と記述しています。
ですが1844年になるとドイツ人解剖学者ゲオルク・ルートヴィヒ・コーベルトによって、二股の脚や血管・神経まで含めた、当時として非常に精密な解剖図が描かれます。
ところが1948年、世界で最も権威ある解剖学教科書『グレイ解剖学』の第25版で、編集者の判断によってクリトリスの記述が削除されてしまいます。
1995年の第38版でようやく『ペニスの小型版』として復活したものの、コーベルトが100年以上前に描いた精緻な姿には到底及ばない記述でした。
その後1990年代後半から2000年代にかけてMRIなどの撮影技術を使うことで、外から見える小さな突起は全体のごく一部にすぎず、皮膚の下に二股に分かれた「脚」が骨盤の奥まで広がっていることが「再認識」され、多くの人々に知られることになります。
こう見ると、クリトリスの研究はまさに時代との闘いだったと言えるでしょう。
その後、クリトリスの神経の数を計測する研究などが盛んに行われ、神経密度がペニスの6〜15倍に達することが報告されるなど、大きく研究は進みました。
しかしタブー感が薄れても、2002年から2022年までの20年間で陰茎亀頭に関する論文数は陰核亀頭の論文の20倍にも達するなど、研究予算や関心の分配は不均衡な状況が続いてきました。
ペニスなどでは比較的詳細に研究されてきた神経の全体像も、クリトリスでは不明のままだったのです。
そこで研究者たちは、思いがけない道具に手を伸ばしました。
「粒子加速器×クリトリス」で見えてきたもの

今回の研究チームが使ったのが、シンクロトロンと呼ばれる粒子加速器です。
元々は物理学的な実験のための施設でしたが、電子を光速近くまで加速する過程で生じる極めて明るいX線が発生します。
研究者たちはこの粒子加速器によって生じたX線をクリトリスを含む骨盤にあてることにしました。
その精度は驚異的で、標本全体は20マイクロメートル、クリトリス亀頭の部分はさらに細かい2マイクロメートルという、MRIの数百倍にあたるミクロン単位で撮影されました。
病院のMRIが「Googleマップで国全体を眺める感覚」だとすれば、今回のシンクロトロンCTは「同じ場所をストリートビューで街路樹の葉っぱ1枚まで観察する感覚」です。
得られた画像データは膨大で、ひとつの標本につき最大1.7テラバイトに達します。
研究チームはこのデータを、深層学習を組み合わせた画像解析ソフトを使って処理し、神経の走行を1本ずつ丹念に追跡していきました。
そうして描き出された神経の姿は、これまで医学教科書に載っていたイラストとは別物でした。
論文に掲載された画像を見ると、骨盤の中央に黄色く光って描かれていることがわかります。
この黄色いラインが、「クリトリス背側神経(DNC)」と呼ばれるクリトリスの主要な感覚神経になります。
画像をみてもわかるように、左右1本ずつあり、骨盤の脇から進入し、海綿体に沿って上面を走り、最も敏感とされる亀頭へと向かっていきます。
ここまでは、これまでの解剖学的知見ともおおむね一致する走行でした。
ところが、亀頭に到達したあとに見えたものが、これまでの教科書と決定的に違っていたのです。
従来の解剖学文献では、クリトリス背側神経は亀頭に近づくにつれて「徐々に細くなって消えていく」と記述されてきました。
この記述に基づいて、医学イラストレーターたちは長年クリトリスの亀頭部分を、神経がまばらにしか分布していないように描いてきました。
こうした図を通じて、亀頭の神経はまばらだという印象が医学教育の中にも広がっていた可能性があります。
しかし、今回のシンクロトロンCTでクリトリス亀頭の内部を覗き込んでみたら、神経はまったく細くなって消えてなどいませんでした。

それどころか、亀頭の中では5本の太い神経の幹として走り、そこから木の枝のように表面に向けて神経の糸が広がっていることがわかったのです。
論文に添付された3次元画像では、これらの幹が黄色、青、ピンク、緑、赤と色分けされ、亀頭の中で美しく枝分かれしている様子がはっきりと描かれています。
5本の幹の太さは、最も太いところで230マイクロメートルから700マイクロメートル、平均すると約423マイクロメートル(0.4ミリ強)ありました。
この1本1本は人間の神経としては中程度の太さですが、それが小さなクリトリス亀頭に5本も詰め込まれていることを考えると、神経の集中度は極めて異例のレベルに達していると言えます。
これは先行研究でクリトリスの神経密度がペニスの6〜15倍に達していると報告されてきた事実とも、整合する観察になるでしょう。
(※先行研究は神経密度を調べましたが、神経全体の分布は調べていません。逆に今回は主要な感覚神経の3D分布は調べましたが、密度は調査範囲に入っていません)
さらに研究チームは、興味深い構造的特徴も発見しています。
左右の幹はそれぞれ亀頭の左半分と右半分にだけ広がっていて、中央の線を越えて反対側に進入することはありませんでした。
神経幹の走行を見る限り、クリトリス亀頭の左右は、それぞれ別の半側へ向かって神経が分布する形になっていたのです。
しかしより意外な結果は、神経の辿った先にありました。

