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難病の子どもの命が救えるとしても、月116円の医療費削減を望むのか? 限界を迎える国民皆保険制度と日本の健康格差

難病の子どもの命が救えるとしても、月116円の医療費削減を望むのか? 限界を迎える国民皆保険制度と日本の健康格差

がん治療の高額な新薬が生存率を劇的に改善するいっぽうで、お金がないために検査や治療を諦める人がいる。これが「世界に冠たる」と呼ばれる日本の国民皆保険制度の現実だ。高額療養費制度の自己負担上限額引き上げが進む今、私たちはこの「健康格差」をどう乗り越えられるのか。

自身も高額療養費制度を利用するジャーナリストの西村章氏と、文筆家の綿野恵太氏に話を聞いた。

国民皆保険制度の「サステナビリティ」はどうあるべきか?

綿野 自分の家族が経験してみて初めてわかったのですが、今のがん治療は高度な新薬がいろいろとあって、以前なら予後が悪いと言われたがんでも、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などのおかげで生存率がすごく改善しています。ただ、非常に高額で、それを何年も使用しつづけなければならない。

また、乳がんには遺伝子検査もあります。アメリカに組織を送ってチェックしてもらう検査があって、それは保険適用でも10数万円かかるんです。で、治療を始めた頃は僕らも高額療養費制度についてあまりわかってなくて、本人も「お金がかかるから検査を受けない」とか言っていたんですね。

自分たちの例を考えても、自己負担上限額が引き上げられれば、お金がかかるから検査や治療を受けない、あるいは受診をまったくしないという選択をする人は確実に増えると思います。乳がんは若い女性も罹患する場合が多いので、同世代として強く発信していかなければいけない、とつくづく思いました。

西村 理想としては、金銭的な不安を感じずに治療できるようになればいいわけですよね。治療に金銭的な不安を感じている人は実際にすごく多くて、それではとても〈世界に冠たる〉制度とはいえないのではないか、ということが今回の取材を通じて鮮明に見えてきたし、それが日本の現実なのだと思います。

高額療養費制度があるとはいっても、大きな病気や怪我をした時にある程度お金がかかるのは仕方ない、と思い込んでいる人がどうやら多そうなのですが、健康な状態でいることは生得の権利なので、もっと金銭的負担を軽くする保険制度にできるはずだ、と思うんですよ。

綿野 国民皆保険制度がどんどん形骸化している。「健康格差」が国民皆保険制度の中に存在している、ということですね。

西村 その健康格差は、「これからさらに格差が大きくなってゆくので、自分はその崖の向こう側へ突き落とされないようにしよう」ということではなくて、社会全体で健康格差を解消する方向へ調整することができるはずだし、本来ならそれこそが国民皆保険制度のサステナビリティ、というものだと思うんですよ。

にもかかわらず、政府はそのサステナビリティという言葉を便利遣いして非常に選別的なことをしようとしている。それがここ2年の〈見直し〉案で明らかになったことで、非常にずるいレトリックだと思います。

綿野 いまの国民皆保険制度のもとでも、非正規やシングルマザーの人たちが医療費の支払いで苦しんでいて、病気になったらお金が吹っ飛んでいく。本来格差を防ぐためのセーフティネットなのに、そのセーフティネット自体が格差を生み出す構造になってしまっているわけですね。さらに今回の見直し案は格差を拡大する方向へと突き進んでいる。

しかも「病人VS経済」を対立させるような非常に政治的なイシューであるはずなのに、「システムの持続可能性や効率化・合理化」といった一見、脱政治的な、中立的な物言いですすめられてしまった。

だから、まず健康格差が存在すること。病気になって一番ダメージを負うのは中間層や低所得者層なんだという意識を広めないといけない。

西村 高所得者層も同じですよね。政府は「多数回該当の金額を据え置きにしました」と言っているけれども、今回の〈見直し〉で高所得者層の1ヶ月上限額は最終的に約34万2000円に引き上げられるわけです。

多数回該当が適用されるためには、それまで3回、通常の上限額を支払う必要があるわけだから、もしこれから何らかの疾患にかかるとしたら、34万円超を3ヶ月払ったあとでようやく適用になる。子育てや家のローンや親の介護などいろんな事情をそれぞれ抱えているなかで、これだけの高額な支払いにはたして耐えることができますか、ということなんですよね。だから、どの所得層に対してもおしなべて直撃する問題なんだけど、そこがなかなか意識されにくいのかもしれません。

SNSやオンライン署名の功罪

西村 オンラインでは引き上げ反対の署名活動が昨年からたくさんの数を集めていて、それを見る限りでは、いろんな層に対して幅広く訴求しているように見えます。予算通過後もSNSでの署名活動は活発で、現在は当初からの総計で30万筆を超えているようです。

綿野 保団連(保険医団体連合会)の署名ですか?

西村 彼らは署名運動だけではなく、高額療養費の引き上げ反対に関連する様々な記事を紹介するなど、献身的で精力的な活動を続けています。彼らの署名運動を通じてメディアが注目するようになった側面も大きいと思うので、問題の周知には非常に大きな貢献を果たしていると思います。

彼らは毎週火曜と金曜の閣議後厚労相会見でも、上野賢一郎厚労相に厳しく鋭い質問をたくさん投げかけています。ただ、SNSでは言葉遣いが少し煽情的に見えるときがあるのはやや危うい気がするし、最初は石破茂首相と福岡資麿厚労大臣だった宛名人を高市早苗首相と上野厚労大臣に書き代えていることも、厳密なことを言えば署名運動を別のものに切り分けるべきだったとも思います。

他方では、今年2月に保団連がそれまでに集まった25万筆のオンライン署名を厚労省へ手交したんですが、その際に厚労省側から出てきた担当者が保険局長や課長といったそれなりの役職者ではなく、見るからに入省数年目の若手官僚でした。あの対応は署名数の重さを斟酌しない姿勢が露骨で、さすがに誠意と真摯さに欠けると思いました。

綿野 ただ、オンラインの署名活動は、街角に立って署名を何万筆も集めていた頃の運動と比べて、重みがなくなりつつある、とも思います。

西村 でもまあこの時代だから、手軽にオンラインで参加できるのはいいことなんでしょうけれども。

綿野 オンライン署名やSNSのハッシュタグ運動は誰でも参加できるから瞬発的にはバッと盛り上がる。でも忘れやすくて、それこそ「持続可能性」がない。近年のリベラルや野党の側はネットに頼りすぎていると感じています。

1973年に田中角栄内閣で老人医療費無料化が実現しましたが、まず東京都の美濃部亮吉知事が先駆けて東京都で実施していたものです。革新政党が支持する知事がどんどんと誕生して、全国に広がった。そのムーブメントに保守の側も対応を迫られたわけです。

このときの歴史にならって、SNSの飛び道具なんか使わずに、地方で少しずつ陣地をつくって中央に攻め上がっていく、地道だけど地に足のついた活動をしていただきたいと思います。残念ながら、参政党がそういうのをやっていますが。

西村 SNSといえば、参議院の質疑で野党議員からの質問に高市首相が「8月からの開始が患者の意向に沿う」という発言があり、これに対して「負担額引き上げを望む当事者がどこにいるんだ」という強い反発が沸き起こりました。国会質疑を聞いていれば、この首相発言は「8月からの年間上限制度開始が患者の意向に沿う」という意味であったことは理解できるのですが、SNSではあたかも「引き上げが患者の意向に沿う」と発言したかのように引用する左派系デマゴーグがいて、それを見た人たちが短絡的な怒りで燃え上がる、というよくある現象です。

政府側の姿勢を批判するのであれば、野党議員の質問にまともな返答をせず、錦の御旗のように年間上限設定を前面へ押し出すことで、いったい何に答えようとせず、何から目を逸らそうとしているのか、という指摘と批判でなければ有効なものになりません。「上限額引き上げが患者の意向だとは何ごとだ!」と怒ったところで、「そんなことは言っていません」と答えられれば終わってしまうわけですから。

先ほども触れましたが、政府に反対を唱えるためならなんでもかんでも利用する、という姿勢は、異議申し立ての論拠や正当性・正統性を危うくするだけなので、反対意見を装ったデマゴーグの言説に安易に乗せられてしまう傾向はあまり感心しません。

綿野 煽動してなんぼみたいなとこが、ネットのよくないところですね。立場の違いを表明することは大事なんですが、結局は同じ社会で暮らしていかないといけない。むしろ、そういうデマで敵への怒りをかき立てる態度も、「われわれ意識」をぶっ壊しているように思えてなりません。人の生死に直結する高額療養費制度のような問題で理性的な議論を壊してしまうデマやフェイクは非常にまずいと思います。

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