NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』が好調だ。仲睦まじい豊臣秀吉・秀長兄弟の絆に胸を熱くしている視聴者も多いことだろう。
だが、日曜20時の茶の間には決して流せない「戦国乱世の生々しい実態」がある。それは、天下人・秀吉の異常なまでの「女癖」と、その裏で兄が引き起こす数々のスキャンダルを揉み消し続けた弟・秀長の知られざる苦労だ。
「名門の姫」への執着と、宣教師も驚愕した収集癖
「秀吉の女好きは、当時の武将たちの間でも語り草だった。信長の死後、権力を掌握するにつれ、その欲求はエスカレートしていった。また、秀吉の側室選びには明確な傾向があった。それは“名門の血筋”への異常な執着です」(歴史評論家)
最愛の側室として知られる茶々(淀殿)は、かつての主君・織田信長の姪であり、北近江の亡き名門・浅井長政の娘だ。さらに、名家・京極家の出身で、淀殿の従姉妹にもあたる京極竜子(後の「松の丸殿」)など、高貴な血を引く女性たちが次々と秀吉のもとに集まった。
竜子の場合、夫・武田元明が本能寺の変後に明智方についたため討死し、寡婦となったところを秀吉に捕縛されて側室となるという経緯があった。名門への執着と、権力者ならではの強引な手法——それが秀吉の「女性収集」の実態だった。
「当時、日本に滞在していた宣教師ルイス・フロイスは、その著書『日本史』の中で、秀吉を「比類なき女好き」と手厳しく記している。ただ、フロイスはキリスト教布教を禁じたバテレン追放令への反感から秀吉を辛辣に評した面もあり、割り引いて読む必要があることも事実です」(同)
もっとも、秀吉の女好きは有名で、その「女性収集癖」は単なる色好みを超え、自らの権威を誇示するための政治的装置でもあったのだ。
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「人妻狩り」の火消しに走った秀長の「夜の外交」
ここで注目すべきは、弟・秀長の存在だ。ドラマでは温厚な常識人として描かれる秀長だが、その実態は「豊臣政権最強を誇るリスクマネジメント担当者」だった。
秀吉の女癖は、時に政権を揺るがす危機を招いた。有名なのが、有力大名や公家の妻女に対する「横恋慕」だ。秀吉が気に入った女性がいれば、たとえ既婚者であっても強引に城へ召し出すことがあった。当然、夫である大名たちの怒りは凄まじい。
「この時に、間に入って怒りを鎮めたのが秀長でした。秀長は兄の暴挙を謝罪し、時には自らの領地や利権を密かに譲渡することで、大名たちの離反を防いだという。秀長が治めた大和郡山(奈良県)には、こうした“夜のトラブル”の処理に端を発するとも伝わる秘密裏の交渉の痕跡が残されていたとも言われる。秀長という“クッション”がなければ、豊臣政権はもっと早く内部崩壊していたに違いないのです」(歴史専門誌編集者)
