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ラスベガスの「Sphere(スフィア)」16K空間体験記~顧客が本当に必要だったもの~

ラスベガスの「Sphere(スフィア)」16K空間体験記~顧客が本当に必要だったもの~

スフィア16K没入空間で観た『オズの魔法使い』と、竜巻に飛ばされたアレ

そして今回訪問した際に上映していた『オズの魔法使い』だけで開幕から2026年5月までに、約300万枚のチケットを売り上げ興行収入は約3億7000万ドルに到達したという。1本の上映コンテンツで、ハリウッド大作の世界興行に肩を並べる金額クラスだ。

本来は1.37:1のスタンダードサイズで撮られた映像を、ドーム全周を覆う巨大な16Kスクリーン用に「拡張」してオリジナルでは映っていなかった納屋の脇、空、地平線、街並みを、1939年当時のスタジオセットの設計図と整合する形でAIが描き足している。映像の90%以上がAIで再生成・拡張されているそうだ。
音響面も新規収録。オリジナルの劇伴と歌唱は残しつつ、フルオーケストラで再録音し、スフィアのビームフォーミング・スピーカーに合わせて配置、そして極めつけが 4D効果。座席はハプティック振動し、風が吹き、霧が出て、香りが流れ、猿が飛ぶ、林檎が落ちる。
「ドロシーが台風(竜巻)でオズの国へ飛ばされる」 あの有名なシーンは、本作の見せ場のひとつとして再構成されている。

スフィアがどれだけ「すごい」のか、没入体験のディテール

本編が始まると、すべての方向(前方・上方・側方・後方)が16Kの映像で覆われる。視野の端まで映像で埋め尽くされるので、観ているうちに「自分が映像の中の住人になる」 感覚に変わる。
オリジナルの白黒パートでは観客はカンザスの農場の真ん中に立ち、ドロシーが「Over the Rainbow」を歌うあいだは空を見上げて雲を眺めるような気分になる。

そして圧巻が竜巻のシーン。スフィアの画面中央に渦が立ち昇り、座席は揺れ、頭上で雷が走り、目の前の納屋の壁が剥がれていく。
劇場内に吹き付ける風で本当に座席に座っているのに我々の髪が風で乱れ、葉っぱ(紙でできた小道具)が天井から舞い落ちる。「これは自分が竜巻に巻き込まれている」 と思えるような小道具と細かな演出が素敵だ。

オズの国に着いてからの色彩反転も鮮烈である。ドームの全周が一気にカラーになりエメラルドの花畑とポピー畑が一面に広がります。頭上はターコイズの空。西の魔女が登場すると座席は別パターンの振動に切り替わり、魔法使い登場シーンでは前方から本物の炎も吹き上がる。
翼の生えた猿の群れがドームの天井をぐるぐると飛び回るときには、客席のあちこちから子供の悲鳴と大人の笑い声が同時に上がっていた。

演出側の技術的すごさを一言でまとめるなら、映像・音響・触覚・嗅覚・気流を、1つのストーリーラインに完全同期させていることだ。
Sphereはすべての要素を組み合わせて「映画館の進化形」ではなく「物語に物理的に入り込む装置」という別ジャンルになっていることが分かる。
23億ドルかけた価値を、観客は75分でしっかり回収できるだろう。

そして竜巻のシーンの直前、ドロシーが家から飛び出して農場を駆けるカット。AIで拡張されたフレームの中、画面の端に古い木に縄でぶら下がった1本のタイヤ。

これを見た瞬間、私は心の中でこう叫んだ。

「あっ、顧客が本当に必要だったやつだ!!」

ご存知の方もいるかもしれないが、プロジェクトマネジメント、システム開発業界には、「顧客が本当に必要だったもの(What the customer really needed)」 という超有名なネットミーム/風刺画が存在する。

顧客が説明したもの、PMが理解したもの、デザイナーが描いたもの、プログラマーが実装したもの、コンサルが提案したもの、QAが書いたもの、ドキュメントに残ったもの、そして実際にリリースされたもの、がすべてバラバラの異形のブランコとして描かれ、最後のコマで明かされる正解(=顧客が本当に必要だったもの)が、「木の枝にロープで吊られた、ただ1個のタイヤ」 なのだ。情報システム導入の上流〜下流における要件のズレを、ユーモアで一発で説明する寓話として、日本のSI業界・PM教育の現場でもよく引用されているものだ。

つまり Sphere の中の、AIで拡張された、世界最先端の16Kスクリーンに描かれた、あのタイヤと木は、プロジェクトマネジメント業界の聖典の最終コマそのもの だったのである。
美術設定上は単に「アメリカ中西部のどこにでもある農場の風景」 を描いただけのはず。Google DeepMind の生成AIも、まさかこのタイヤがミーム界の最終兵器だとは知らずに綺麗に生成したはずだ。そこに「正解」が確かに映っていた。

ドームに渦が立ち、座席が揺れ、葉が舞い、納屋が剥がれ、そしてあの木とタイヤは、ドロシーの家もろとも、一瞬で空高く吸い上げられて消えた。
23億ドルかけた最新鋭の没入装置の中で、プロジェクトマネジメント業界の長年の課題が、文字通り風に乗ってオズの国へ運び去られた瞬間 だった。
あれは「上流工程で握ったはずの顧客要件」 が、開発の途中で 「外部環境という名の竜巻」 によって吹き飛ぶ様子を、1939年のMGMと、2025年のGoogle DeepMindと、ラスベガスのSphere Entertainmentが、23億ドルの予算と最新AIを総動員して見事に再現してくれた瞬間でもある。(もちろんそんなことはない)
もしあなたがSEあるいはPMで、ラスベガスへ出張する機会があるなら、ぜひスフィアの 『The Wizard of Oz』 を観てほしい。16KのAIリマスター、4D効果、フルオーケストラの新録、ハプティック座席、香り、風、そのすべてのテクノロジーは「顧客が本当に必要だったタイヤと木」 を、最も派手な方法で吹き飛ばすために存在していた。最高の体験である(違)

配信元: ガジェット通信

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