5月15日、東京都内のホテルの一室で、森保一監督は目を潤ませながらメンバーの名前を読み上げたが、MF鎌田大地の次に呼ばれるはずだった三笘薫の名前は、ついに発表されなかった。
カタール大会における「三笘の1ミリ」で列島に歓喜をもたらしたエースが、6月11日に開幕するW杯北中米大会のメンバーから外された。その衝撃はすさまじく、サッカーファンの間では開幕を前に「三笘がいなければオランダには勝てない」という声が渦巻いている。
しかし、本当にそうなのか。今回の代表選出には森保監督が25年間のサッカー指導者人生をかけて練り上げた"三笘なき戦略"が隠されていた――。
「本人が一番つらい」——発表会見で目を潤ませた森保監督の苦渋
三笘薫(28)は、5月9日のウルブス戦(ブライトンのホーム)で左ハムストリングを痛めて途中交代。翌14日、ブライトンのヒュルツェラー監督が公式会見で今季のリーグ戦欠場を通達した。
その5日後、森保監督は「軽傷ではないという印象をスタッフから聞いている」と険しい表情で語っていた。そして15日の会見、「大会期間中の復帰は難しいとメディカルから報告を受けて選出を断念した」と苦渋の決断を公表した。
前回カタール大会でスペイン戦に途中出場し、ゴールラインぎりぎりでクロスを折り返した「三笘の1ミリ」は、今も語り継がれている。
今年4月には敵地ウェンブリーでのイングランド戦で決勝点を決め、日本代表史上初の対イングランド勝利を呼び込んだ。28歳の全盛期に訪れた非情な運命に、森保監督は「本人が一番つらい思いをしていると思う」と声を詰まらせた。
「圧力は少し下がるかもしれない」——森保監督自身が認めた三笘不在の重さ
また、森保監督は会見で珍しく率直な言葉を使った。
「ファンも対戦国も三笘を大きな存在として認識していると思う。そういった意味では圧力が少し下がると感じるところはあるかもしれない」
元日本代表・戸田和幸氏もNHKの生中継スタジオで三苫の落選を「相手国に与える影響が大きい。本当に残念」と落胆を隠さなかったが、森保監督にしてもこの選択は、苦渋の決断だったのだ。
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