どぅるんを楽しむ
卵かけご飯を食べるときに大事なのは「卵を溶きすぎない」こと。
白身にはどぅるんとしたかたまりがありますよね。このどぅるんは絶対に残しておく。絶対に崩さない。消さない。どぅるんが卵かけご飯の醍醐味のふたつめです。どぅるんは私にとっていちばんのごちそう。卵かけご飯の肝です。
ここでもうひとつ大事なことは、どぅるんがごちそうだからといって、最後までとっとこうと思わないこと。自然とどぅるんが口に入ってくるタイミングで食う。
もちろん私にもどぅるんを最後に食いたい気持ちはありますよ。いちばんのごちそうなんですから。でも決して意図的にどぅるんを最後まで残したりはしない。だからどぅるんが一口目にきちゃうことも全然あるんですけど、それはそれでいいんです。
窓の外の景色だって毎日ちがいますよね。晴れの日もあれば、雨の日も、雪の日もありますよね。それと一緒です。毎日同じことなんてないんだなって、どぅるんは感じさせてくれるんです。それもふくめて楽しむ。
私は自然とこの食べ方になりました。まったくもって卵かけご飯の食べ方の教科書なんてないじゃないですか。誰からも何も教わってない。ただ、目の前に茶碗にはいった米と卵と箸があって、卵かけご飯をつくる。その日々の積み重ねの結果なんです。
私のばあちゃんもそうだったんですが、「卵別がけ派」がいますよね。小鉢に卵を割って、醤油たらしてそこでよく溶いてから、米のうえにかけて卵かけご飯をつくる人。牛丼屋でも生卵を頼んだら小鉢が2つでてきますよね。卵を溶く用の小鉢と、割った殻を入れる用の小鉢。
あの別がけの方法は、見た目的にはものすごくうまそうなんです。でも、私は小鉢に残ってしまう卵がどうしても気になっちゃう。もったいないと思っちゃうんですね。あの小鉢の表面にうっすら残ってしまう卵の汁気が味を左右するんです。ほんとにその汁気、卵っ気が卵かけご飯には重要なんですよ。
ちょうどこの話を「没頭飯」の連載を担当してくれている編集者さんに語っていたら、「もぐらさん、東海林さだおさんのエッセイに書いてあったことと同じようなこと言ってますよ」と言うんです。
編集者さんの話では、東海林先生がオムレツ作りの秘訣を教わるために、有名シェフに話をききに行ったと。そこでシェフの方が「卵を割った殻の内側には卵白がまだ残っているから、それを指でかきだしましょう。その量は意外とバカになりませんよ」と言っていたそうなんです。この話をきいた私は反射的にこう思っていました。
「卵白を指でとっていれたってなんも変わんねえだろ」
そして我に返りました。
「でもそれっておれじゃん……」
私は卵の汁気を大事にしよう精神にのっとられすぎてました。「小鉢の表面に残った汁気が味を左右する」なんて変なこと言ってました。はっきりと目が覚めました。私は愚かでした。すみませんでした。「人のふり見て我がふり直せ」とは金言ですね。卵別がけ派のみなさん、どうぞそのまま卵かけご飯をお楽しみください。小鉢についた卵の汁気で味が左右されることなんてありませんから。
没頭飯
鈴木 もぐら
2026/3/301,650円(税込)183ページISBN: 978-4591189290\空気階段・鈴木もぐら、「食」を通して自身を語る初の単著/
【内容紹介】
飯を語ることは、己を語ること――「食」に対する探求心と愛が凝縮された大人気連載を書籍化。父親・母親との思い出から、部活動、股関節手術、交友関係まで、「食」を通して著者の人生が垣間見られます。語り下ろしエッセイ3本、書き下ろしエッセイ4本も追加収録。2023年にダイエット成功後、我慢せず食べたものをXで紹介し話題を呼んだ「復讐」投稿も収録。装画・挿画は大橋裕之氏(漫画家)。
【目次】
■脳が「うまい」に支配される
■唐揚げ、米、つけあわせ、奇跡のリズム
■チン管問題
■北海道マウントをとられた夜 ――――オズワルド畠中の得意げな顔
■じゃがりこは太陽
■なにがどううまいのか、わからない、でもうまい「高円寺飯」
■サカナマフィアの影
■父親のまなざし
■「ずずずず」と「どぅるん」が卵かけご飯の醍醐味である
■高円寺居酒屋24時間ループ
■母と怒りとポークソテー、三位一体の味
■目、唇、歯、舌……うまさのバトンがつながっていくラーメン二郎
■おなじメンバー、おなじ話 ――――鬼越トマホーク・坂井さんとの日々
■瓶ビールの流儀 ――――岡野陽一さんの場合
■雀荘飯
■全芸人が感謝している喫茶店
■本物のハンバーガー ――――ミネタさんが教えてくれた味
【「はじめに」より抜粋】
ふと、「この本は、なんのために書いているのだろうか?」との問いが、頭に浮かんできた。飯を愛する読者の方のお役に立てれば、入院中に暇に駆られている方の暇つぶしになれば、この本で皆さんの飯を少しでも楽しくできたら、様々な答えが浮かんできたが、まず頭に浮かんだ答えは、こんなものであった。
「私はうまいもんを食うために生まれてきた!」
と叫ぶ母に、あなたから生まれた証として、私からこの本を贈る。

