真面目すぎるがゆえの限界…石破政権失速の背景
昨年10月24日の午後2時、憲政史上初の女性首相となり、高市が所信表明で演題に立った。この“歴史的瞬間”に、折しも高市に首相の座を譲り渡した石破は、衆院本会議場で何をやっていたのか──。
それを目撃した政治部記者が、こう言っていた。
「高市氏の30分近くの演説中、戦車に関する本のコピーらしきものを、しきりにチラ見していました」
筆者はこの20年来、石破に何回となくインタビューさせていただいている。なるほど、インタビュアーへの向き合い方は、大げさに話を盛ることもなく、極めて誠実である。政治家的な“言葉遊び”もない。
しかし、インタビューが終わって改めてメモ帳を見返すと、実のところ話が真面目すぎてあまり面白くないのである。
約1年にわたる首相時代の後半は、とりわけ発言にブレが見られ、それに合わせて決断力の乏しさを露呈した格好だった。
「田中(角栄)先生なかりせば、いまの自分はない」
そう口にしてはばからない石破だが、「決断の人」として知られた田中からすれば、なんとも物足りなさが残る“弟子”でもあったのである。
(本文中敬称略/この項つづく)
「週刊実話」5月28日号より
小林吉弥(こばやし・きちや)
政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。
