有効成分が170倍も多いキャットニップがマタタビに負けた

研究チームがキャットニップ抽出液を徹底分析した結果は、誰もが目を疑うものでした。
キャットニップには、猫の反応を引き起こす主成分(シス-トランス型ネペタラクトン)が、葉1グラムあたり9.1ミリグラムも含まれていました。
一方、マタタビ抽出液で測定された有効成分(シス-トランス型ネペタラクトール、イソイリドミルメシン、ジヒドロネペタラクトンの3種類)の総量は、葉1グラムあたりわずか53.4マイクログラム――マタタビの有効成分はキャットニップの約170分の1しかなかったのです。
化学的な”火力”では、キャットニップはマタタビを圧倒的に上回っていたわけです。
研究を率いた宮崎雅雄教授も、こう語っています。
「一見、直感に反する結果でした。活性成分が多く、実験室では明らかに効果が認められる植物のほうが、自由選択下でも強い反応を引き起こすはずだと予想していたんです。でも、観察された現実は逆でした」
ここで研究チームは、もう一歩踏み込みます。
実は、キャットニップに含まれる「猫を反応させる成分」には、形だけがわずかに違う”三つ子のような関係”の3つの分子(化学用語では立体異性体。同じ原子・同じ結合でできているのに、立体的な形だけがわずかに違う分子のことです)があることが分かっています。
主成分が1つ、形がほんの少しだけ違う脇役分子が2つ──合わせて3種類です。
研究チームは、屋外では主成分を、ケージ内では他の2種類の脇役分子それぞれの反応性を調べ、両者の結果を並べてみました。
すると、ある衝撃的なパターンが浮かび上がってきたのです。

化学的に「効く」とされていた分子そのものが、提示の場面を変えるだけで、ほぼ機能しなくなっていた――これは何を意味するか?
犯人は、分子レベルの足し算引き算では見つからない、ということです。
つまりキャットニップは、効く成分が入っていないわけでも、実験室で効かないわけでもない。
それなのに、自由に選べる条件のときだけ、なぜか猫が選ばない――これが今回浮かび上がった、本当の謎でした。
問題はその理由です。
研究チームが最有力候補として挙げるのは、「生のキャットニップは匂いが強すぎる」という説でした。
新鮮で元気な植物体は、活性成分を四六時中ドバドバと放出し続けます。
その持続的で濃すぎる香りが、かえって猫を「うっ、ちょっと近寄りたくない」と感じさせている可能性があるのです。
実は昆虫のフェロモン研究でも、濃度が高すぎると逆に虫が寄り付かなくなる現象が知られていますし、哺乳類の嗅覚でも、濃度によって匂いの感じ方そのものが変わってしまうことが分かっています。
強すぎる香水を嗅いだとき、私たちが思わず顔をしかめるのと、似たような話なのかもしれません。
興味深いのは、似た観察が、なんと250年以上前にも記録されていた点です。
1768年、イギリスの園芸家フィリップ・ミラーが著書『園芸家辞典(The Gardeners Dictionary)』のなかで、「猫はしおれたキャットミント(キャットニップの旧称)を特に好み、大量に元気に生えているときは、あまり興味を示さない」という趣旨を書き残しています。
科学的な統制実験ではなく、園芸家の観察日記レベルの記録です。
ですが、今回の最新の研究結果と、驚くほど一致しています。
250年の時を超えて、最新の分子分析と古い園芸家の鋭い観察眼が不思議に響き合った瞬間――そんなロマンチックな出来事でもあったわけです。
そしてこの仮説が正しいとすると、市販の猫グッズの多くが「乾燥キャットニップ」を使っていることを説明するヒントになるかもしれません。
乾燥の過程で揮発性成分の一部が空気中に飛んでいき、ちょうどよい”濃度”に落ち着く。
だからこそ猫がよく反応するのかもしれません。
「強ければ強いほど効く」ではなく、「ちょうどよいから効く」。
これがどうやら、猫の嗅覚世界のルールのようなのです。
猫はマタタビで進化したのか?

ここからは論文をもとにマタタビがキャットニップに勝った理由の本質に切り込んでいきたいと思います。
まず大きな違いは成分の混ざり具合です。
マタタビの側からは、複数の活性成分が混ざり合って放出されています。
一方でキャットニップ側はネペタラクトンが中心の、比較的シンプルな匂い構成になっています。
マタタビは「いろんな楽器が絶妙なバランスで演奏する室内楽」だとしたら、キャットニップは「強力なソリストが1人で歌い上げる」タイプと言えるでしょう。
総量こそ少なくても、この多彩さが、猫の鼻にちょうどよいハーモニーを届けていると考えられています。
以下は成分の比較です
【キャットニップ側】(本研究で定量された有効成分)
- シス-トランス型ネペタラクトン(主成分)
- トランス-シス型ネペタラクトン
- シス-シス型ネペタラクトン
【マタタビ側】(本研究で定量された主要3成分+過去研究)
- シス-トランス型ネペタラクトール(主成分)
- イソイリドミルメシン
- ジヒドロネペタラクトン
- その他多数の微量イリドイド類
キャットニップ側は型は違っても『ネペタラクトン』であることがわかります。
さらに驚くべきは、マタタビには「噛まれたり傷つけられたりすると、成分がさらにパワーアップする」仕組みが備わっています。
猫がマタタビを舐めたり噛んだりすると、葉から放出される成分の種類が増え、香りはより複雑に、防虫効果も強まっていく――つまりマタタビは、猫が触れば触るほどご褒美を増やしてくれる植物なのです。
一方のキャットニップは、葉を傷つけても出てくる成分は基本的に変わらないまま。
「強いけれど一本調子」だったわけです。
最近、ヨーロッパヤマネコ(飼い猫と近縁の野生ネコ)を野外で観察した研究によると、彼らもまたキャットニップよりマタタビにより頻繁に反応する傾向が見られたといいます。統計的にはっきり有意とまではいえない予備的な結果ですが、飼い猫だけでなく野生のネコ科動物にも同じ傾向がある可能性を示す傍証として、今回の発見ととてもよく噛み合っています。
これまで、マタタビとキャットニップは「同じように猫を狂わせる植物の代表選手」として並列に語られてきました。
しかし、もしキャットニップが自然条件では猫を強く惹きつけないのだとすれば――?
これらの結果から研究チームは論文の中で、以下のような進化シナリオを推測仮説として提示しています。
①ネコ科動物は進化の過程で、複雑な香りを放つマタタビの仲間と出会い、その香りを認識する嗅覚と、それを体にこすりつけて防虫スプレーとして使う性質を獲得した
②その嗅覚が、たまたま似た系統の成分を出すキャットニップにも反応してしまった
③そのため現代の人間には、両方とも「猫が好きな植物」のように見えていただけかもしれない
そう考えると、海外由来の品種を含むさまざまな猫が一様にキャットニップよりマタタビを選んだ理由や、実験室内で最も効くことが確認された成分のみを抽出しても、自然なマタタビとの比較で安定した反応を引き出せなかった理由もひとつながりに見えてきます。
あえて人間でたとえるなら、昆布だしの料理を食べて育った人が、その料理の「うま味成分」を170倍凝縮した塊を出されるようなものです。
化学的な濃度でいえば、「うま味成分」の塊のほうが圧倒的に高いですし、口にすれば、昆布に感じていた「うま味」も感じるでしょう。
しかしいざ普通の昆布だし料理とうま味団子を並べられて好きな方をどうぞと言われると、普通の昆布だし料理のほうを選んでしまう状態と言えます。
昆布だし料理の魅力は「うま味成分」だけではないからです。
ただ今回の研究をもって「猫の嗅覚はマタタビの複雑な成分をかぎ分けることがわかった」あるいは「猫とマタタビが進化的に結び付けられていることが遺伝的にも判明した」と言うことはできません。
そのような結論を得るには神経科学的な分析や遺伝学的な分析が必要です。
研究者たちも「これはあくまで推測的な仮説で、今後さらにネコ科動物の比較行動学やゲノム解析で検証が必要」と慎重に述べています。
それでも今回の研究結果からは見えてくる事実があります。
それは「化学的に強い ≠ 動物が実際に選ぶ」「実験室で効く ≠ 自然界で効く」というものです。
たとえ猫をメロメロにしてしまう成分をいくら高濃度にしても、実験室内でそれを猫が好むことがわかっても、自然に近い状況でのテストでは、マタタビほど安定して自己塗布行動につながらないことが明らかになったからです。
筆頭著者である上野山怜子助教は、研究の核心をこう語っています。
「実験室での実験では、猫はキャットニップに反応を示すことがあります。でもそれは、より自然な自由選択の環境で猫がキャットニップを”選ぶ”ことを意味しません。私たちの研究は、猫が反応するものと、実際に猫が選ぶものは必ずしも同じではないことを示しています」
私たちは長らく、「猫はマタタビやキャットニップの特定成分に夢中になる」と思い込んできました。
でも、本当は違ったのかもしれません。
化学の力技で勝てると思っていたキャットニップは、香りを撒き散らしすぎて猫に逃げられていた――そう考えると、自然界における”魅力”の正体は、私たちが思っているよりずっと繊細なものなのかもしれません。
そしてこれは、猫の話だけにとどまりません。
害虫を引き寄せる/遠ざけるフェロモンの活用、家畜のストレス軽減、希少動物の保護や繁殖支援――あらゆる場面で、「研究室の結果」と「現場の現実」のズレを正しく見極めるための重要な視点となるはずです。
もしあなたの愛猫がキャットニップに無反応でも、それは”つまらない子”なのではなく「進化の過程で猫が身につけた”本物”を見分ける美食家」だったのかもしれません。
参考文献
ネコはマタタビ派?キャットニップ派?―自由行動下の解析で見えた反応性の違い―
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2026/05/post-995.html?utm_source=chatgpt.com
元論文
Free-Roaming and Captive Cats Prefer Silver Vine to Catnip for Self-Anointing
https://doi.org/10.1007/s10886-026-01717-3
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

