後ろに下がる背中
目で追ううちにわかりました。母はスーパーの早朝シフトのままの格好で、髪も整える時間がなかったのか、少し乱れています。パートを終えて家に寄らず、そのまま学校に向かったのです。
そして母は、教室には入らない場所をわざわざ選んでいました。「行かないよ」という約束を、自分なりに守ろうとしていたのです。それでも私の姿を一目見たくて、廊下の奥という中途半端な場所に立っていました。
教室を見渡す母の表情は、嬉しさよりも申し訳なさのほうが大きく見えました。教科書の文字が、ノートの上でぼやけて見えなくなりました。気づくと、ノートの上に涙が落ちていました。
そして...
チャイムが鳴って、私は廊下に出ました。母はまだ壁際にいて、私を見つけると、また一歩後ろに下がりました。私は走って母のそばまで行きました。母は私を見て「ごめんね、約束破っちゃって」と頭を下げました。
謝らなければならないのは私のほうなのに、頭を下げているのは母です。前夜に苛立ちをぶつけた自分の声が、今になって頭の中で何度も繰り返されました。
「来てくれて、ありがとう」。やっと出てきた言葉に、自分でも驚きました。母は私の顔を見つめてから、何度か頷きました。約束を破ってくれた母にこんなに救われる日が来るなんて、前の夜の私は思いもしませんでした。
(10代女性・中学生)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
