【名場面5】1996年10月6日 11.5ゲーム差を覆した「メークドラマ完成」
「メークドラマ」――この言葉ほど、長嶋茂雄の本質を表す造語はない。実はこの言葉は1995年シーズンに長嶋監督が初めて使い始めた。
苦戦するチームを奮い立たせるべく「奇跡を起こそう、メークドラマだ」と言い続けたが、この年は3位に終わり、野村克也監督に「負けドラマ」と揶揄されている。
「2年越しのメークドラマ」が完成したのが翌1996年だ。7月6日の時点で首位・広島に最大11.5ゲーム差をつけられ、誰もが優勝を諦めかけていた。しかし長嶋監督は言い放った。
「松井が40本打てばミラクルが起こります。2年越しのメークドラマが実現します」
その言葉通り、7月9日の札幌円山球場での直接対決で9者連続安打という怒涛の反撃が火蓋を切る。
以後、快進撃を続けた巨人は8月20日に首位に立ち、10月6日のナゴヤ球場での中日戦に5対2で勝利して逆転優勝を果たした。セ・リーグ史上最大のゲーム差からの逆転制覇だった。
「メークドラマ」は同年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた。なお、日本シリーズはオリックスに1勝4敗で敗れ日本一にはならなかったが、「メークドラマ」という言葉はその後のプロ野球語録に「メークミラクル」「メークレジェンド」など幾多の派生語を生んだ。
長嶋監督はこう言い続けた――「選手に助けられての優勝です」。
■ミスターが残した「絵」の力
デビュー戦の4打席連続三振から、天覧試合のサヨナラ弾、涙の引退セレモニー、国民的行事の優勝決定戦、メークドラマの完成――。長嶋茂雄の名場面を並べてみると、すべてに共通することがある。数字よりも「絵」として人の記憶に残るということだ。
通算2471安打、444本塁打、1522打点。首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、最優秀選手5回。数字は確かに偉大だ。
しかし、長嶋茂雄の本質は数字の外にある。「打てなくても絵になる男だった」という金田正一の言葉、「絶対に退くということがない人生だった」という王貞治の言葉。長嶋茂雄は勝負の場を、ドラマの舞台に変える男だった。
2025年6月3日、セ・パ交流戦開幕日にして次女・三奈の57歳の誕生日に、89年の生涯を閉じたミスター。グラウンドに、スタンドに、そしてテレビの前に――どこにいても「長嶋茂雄を見ていた」と思えるほど存在感が大きかった男の名場面は、これからも何十年と語り継がれていくに違いない。
「わが巨人軍は永久に不滅です」――そして、ミスター自身も、永久である。
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