華やかなスポットライトの下で輝く女優やタレントたち。しかし、その笑顔の裏には想像を絶するほど壮絶な「貧乏時代」を乗り越えてきた女性たちがいる。
今回は、テレビでの報道や雑誌での告白をもとに、10人の芸能人の"知られざる極貧エピソード"に迫る。彼女たちの言葉は、苦しみを笑いに変え、逆境を糧に変えた、本物の人間力の証しでもある。(2回中の2回)
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⑥倉科カナ――妹たちの進学を支えるため、高校時代には3つのアルバイトを掛け持ち
2006年に「ミスマガジン2006」でグランプリを獲得し、講談社のマガジンシリーズを中心にグラビア活動を展開していた倉科カナ(38)。
2009年後期のNHK連続テレビ小説『ウェルかめ』では、1775人の応募者の中からヒロインに抜擢され、とりわけ怪演が話題となった『奪い愛、冬』(テレビ朝日系、2017)など、映画や舞台でも幅広く活躍している。
しかし、幼少期から高校時代にかけては家計が苦しく、苦労の多い日を送っていたというのだ。2020年放送のトークバラエティー番組『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ系)では、両親の離婚後に家計が非常に厳しかったことを明かしている。
倉科は妹3人と弟1人を持つ大家族の長女として、妹たちの進学を支えるため、高校時代には牛丼屋、懐石料理屋、ファミレスの3つのアルバイトを掛け持ちし、朝学校に行く前と放課後にローテーションで働く日々を送っていた。その忙しさの中で、16歳にして人生に疲れを感じるほどだったという。
転機となったのは18歳のとき。ソニー・ミュージックアーティスツ主催の「SMAティーンズオーディション2005」に挑戦し、グランプリを獲得して芸能界デビューを果たした。大手事務所に所属したことで、将来への不安も解消され、キャリアの土台を築くことができたようだ。
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⑦小西真奈美――冬も水で洗い物、今もハンドクリームを見ると泣きたくなる
鹿児島出身の女優・小西真奈美(47)は、小学生の頃に両親の離婚を経験。母子家庭となった一家は、家賃1万円ほどの市営住宅に移り住んだ。
母親は昼は事務員、夜は菓子屋の店員として家計を必死に支えた。冬場でもお湯が使えずに水で洗い物をするほどの貧乏生活。ひび割れた手を守るためにハンドクリームを使っていたため、今でもハンドクリームを見ると、あの頃の記憶がよみがえってくるという。
子供の頃の夢は「家に友達を呼んで誕生会をすること」。シンプルな夢さえ叶えられなかった少女が、やがて日本を代表する女優へと成長していく姿は、家族や知人らの胸を揺さぶった。
