市場は現実ではなく言葉に反応しているのである
その日本が、いざという時のための備蓄を削りながら、目の前の人気取り政策を続けている。私はどうしても違和感を覚える。
本当に備蓄を使うべき時とは、ガソリン価格が数円上がった時ではない。国民の命を繋ぐ時であり、国家の安全保障が問われる時であり、大災害によって物流が止まる時なのである。
さらに私は最近のイラン情勢に対する市場の反応にも強い違和感を覚えている。トランプ大統領や米国政府が停戦に向けた発言をするたびに株価は上昇し、原油価格は下落する。
しかし現実はそれほど単純ではない。保険料も物流コストも高止まりしている。供給網の不安も消えていない。つまり市場は現実ではなく言葉に反応しているのである。私はこの光景を見るたびにオオカミ少年を思い出す。
オオカミ少年が叫ぶたびに株価が動き、原油が動き、為替が動く
本来の寓話では、嘘を繰り返した少年の言葉を誰も信じなくなる。しかし現代市場では違う。オオカミ少年が叫ぶたびに株価が動き、原油が動き、為替が動く。もし本当にここまで市場を動かせるなら、あの寓話の結末は全く違ったものになっていただろう。
だが最近、その効果も薄れ始めている。市場はイラン情勢悪化には反応する。しかし停戦や終結といった好材料には反応しなくなり始めた。私はここに大きな意味があると思っている。
市場がようやく現実を見始めたのである。そして本当に恐ろしいのは、その時に本物のオオカミが現れることである。
私は日銀も同じ局面に差し掛かっていると思う。これまで半年近く先送りしてきた。その間に長期金利は29年ぶりの水準まで上昇し、円の価値は大きく低下した。企業は値上げへと動き始め、デフレ脳だった企業ですらインフレ脳へと切り替わり始めている。
もし今回も利上げを見送るなら、私は高市政権が一貫して示してきた円安容認姿勢や利上げ慎重論が、日銀の判断に少なからぬ影響を与えているように見えてならない。中央銀行の独立性とは何かが、改めて問われる局面なのである。
私は今回の植田総裁の発言を単なる利上げ示唆とは見ていない。それは日本社会全体がようやく現実を認め始めた象徴的な出来事なのである。利上げを先送りする日銀、補助金で先送りする高市政権、その場は乗り切れるかもしれない。
しかし相場も経済も、いつか必ず現実と向き合わなければならない。そして相場というものは、いつの時代も現実を認めた瞬間から逆回転を始める。私は、その瞬間が想像以上に近づいているように見えてならないのである。
文/木戸次郎 写真/shutterstock

