落合の世紀のトレードと野茂の米挑戦の裏側
実は星野とはロッテのコーチ時代から親交があり、あの落合博満の世紀のトレードにも関わっていたそうだ。
「ロッテ時代、稲尾監督に『4番・落合』を最初に進言したこともあって、落合とはスムーズに話ができる立場でした。その落合は私以上に稲尾監督を信頼しており、監督退任が決まった時点でロッテを辞める決心をしていて、それを星野監督に伝えた。いわば私が取り持つ形であの世紀のトレードが成立したんです」
また、近鉄の投手コーチだった時期には、あの野茂英雄のメジャー挑戦騒動にも直面している。
「当時、野茂のメジャー行きは球界から批判されていましたが、私はどうしても行かせてやりたかった。だから球団に『天下の近鉄なんだから、万歳して行かせてやりましょうよ』と進言して背中を押したんです。メジャー行きが決まった野茂から贈られたブレザーは今も大切に着ています」
先入観や偏見、立場にとらわれず、常にフラットな目線で人とかかわってきた佐藤だからこそ、稲尾や星野、落合、野茂といった面々からも信頼されたのだろう。
彼の結婚スクープは逃したが、佐藤という男を通じて、一取材記者として深い教訓を学ばせてもらった気がしてならない。
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吉見健明
1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。
