遺跡を掘った、その先は?
――今回の緊急支援にかかわらず、長期的には何を実現したいですか?
松山さん:遺跡の建物のうち、古い時期のものを掘り広げたいです。まだほんの一部しか見えておらず、北にも南にも西にも、まだまだ広がっていることは間違いありませんから。そして、最終的には遺跡の公開に向けて屋根をかけたり、遺跡公園のように整備できたりしないかと考えています。
――遺跡の公開によって、見る人に伝えたいことはありますか?
松山さん:受け取り方は人それぞれですが、みなさん現物を見るとそのリアリティや迫力に感動されます。実物を見ると見ないとでは大違いです。
それぞれの人がそれぞれの感じ方で見て、たとえば地元・イタリアの人が「これは自分たちの宝としてしっかり守っていくべきだ」と思ったり、訪れた旅行者が火山の噴火やローマの考古学、あるいは観光資源としての活用に興味をもったり。現物を見ていただければ色々刺激になると思うので、ちゃんと見られる状態にしたいです。
――かつてローマ帝国の盛衰を見守ってきた場所が、もう一度、文化の発信地になれるかもしれませんね。
松山さん:絶対なれると思いますよ。場所としてもそうですし、シンボリックな意味でも。この遺跡を起点に、色々できる場になると思います。いずれ「ここまでできたらもうええ」っていうところまで掘り切れたら、やっぱり一般の方に還元したい。
宝探しではない「考古学」
――発掘調査で皆さん自身が驚いたことや、感動したことがあれば教えてください。
村松教授:すごく重要な女性像があって。壁のくぼみのところに置かれていた彫像が、くぼみに守られて当時の場所にそのまま埋まっていたんです。そのくぼみは埋没直前まで彼女のための場所で、地震や土石流に見舞われても、うまい具合に壁に埋め込まれて、ずっとそこに居ることができた。そのため、発掘したとき、像がどのように使われて、当時の人々にどう見られていたかがわかったんです。
だから、考古学って、いわゆる宝探しではなくて。細かく掘って出土品の位置や状況なども見て、それによって当時の社会のありようなどの一部が、物を通して伝わってくる。
岩城さん:あと、現場ですごく感慨深かったことが。2002年に東大が発掘を開始して、最初にアウグストゥスの別荘と思われたものは早々に違うとわかり、がっかりしました。でも、別荘でない遺跡自体もすごかったので、そのまま20年近く調査を続けたら、最近になって下からさらに古い遺跡が出てきた。いよいよ最初の仮説、アウグストゥスの別荘か! という夢に立ち戻ってきた経緯があります。
別荘らしき建物が出てきたところは、いまの地表面から12~13メートル下のかなり深いところなんですよ。土は火山性の泥流なので、ガチガチのセメントみたいです。そんなところ、たとえ「遺跡があるかもしれない」と思っても、仮に別荘でないほうの新しい建物が見つかっていなかったら、何も出ない状態で12~13メートルも掘り下げるのは多分無理でした。そう考えると、いまの段階に到達するには、その上の建物を調査した20年も必要な過程だったんだなと感じます。

