「引退後、自分には何が残るのだろう?」
多くのアスリートが抱える静かな不安。特に男子のトップリーグと比べ、厳しい経済環境に置かれることの多い女子サッカーの世界において、その問いは切実だ。 しかしその現状を嘆くのではなく、「自分たちにできること」から動き出したプロジェクトがある。 廃棄される食材(フードロス)をジャムなどの加工品へと生まれ変わらせる「ゼロイチプロジェクト」だ。この活動は、地域貢献であると同時に、アスリート自身が「0から1を生み出す」ための挑戦の場でもある。
「何もないなら、作ればいい」。
発起人である下條彩選手、共に活動する高橋杏奈選手、そして代表の林一章氏に、プロジェクトの全貌と、新たな一歩を踏み出すためのマインドについて伺った。
「もったいない」の直感から始まった、手探りの第一歩
「美味しいのに、形が悪いだけで捨てられてしまう」。廃棄される梨を見て抱いた違和感が、プロジェクトの原点となったプロジェクトの舞台は、三重県伊賀市。忍者の里として知られるこの地を拠点とするなでしこリーグ1部「伊賀FCくノ一三重」に所属していた下條彩選手(現在はFC琉球さくらで活動)にとって、当時の勤務先だった地元の梨農園でのある光景が原点となった。
「2年前に雇用していただいた梨農園で、出荷できない規格外の梨や、少し傷がついただけで廃棄されてしまう梨を目の当たりにしたんです。『これ、もったいないな』と素直に思いました。そこから、この廃棄されてしまう梨を何とか形にできないか、自分にできることはないかと考え始めました」(下條選手)
もともと「誰かの役に立つことを仕事にしたい」という漠然とした思いを持っていた下條選手。しかし、具体的に何をすればいいのかはわからなかった。梨ジュースやスムージーなど、頭に浮かんだアイデアを片っ端から検討した。一度はジュース作りにも挑戦してみたが、製造工程や保存の難しさに直面する。試行錯誤の末、保存がきき、自分たちの手でも製造可能な「ジャム」という答えにたどり着いた。
「最初は本当に『やってみないとわからない』という手探りの状態でした。知識も経験もない。でも、目の前の『もったいない』を『価値あるもの』に変えたいという一心で、まずはジャム作りにチャレンジしてみようと決めました」(下條選手)
この下條選手の想いに呼応したのが、当時チームメイトだった高橋杏奈選手だ。彼女の参加は、まさに「準備していた人」にチャンスが訪れた瞬間だった。
GKとして活躍する高橋選手。身体作りのために学んだ『食』の知識が、思わぬ形で社会課題の解決へと繋がることになった「下條さんから話をいただいた時、迷わず『ぜひ一緒にやらせてください』と答えました。実は私、大学時代がちょうどコロナ禍と重なっていて、リモート授業などで自分の時間が増えていたんです。その時間をただ過ごすのではなく、何か形にしたいと思って『スポーツフードマイスター』などの食に関する資格を取得していました。当時はサッカー選手として身体を作るために学んでいたことでしたが、それがまさか、こうしてフードロス削減という社会貢献に繋がるとは思ってもいませんでした」(高橋選手)
こうして、二人の現役選手による「梨ジャム」作りがスタートした。プロジェクト名の「ゼロイチ」には、農業を通じて「0(廃棄されるもの)」から「1(価値あるもの)」を生み出すという意味と、アスリートがゼロから新しいキャリアや価値を創造するという二つの願いが込められている。
指導者が見た現実。「サッカー優先」が生む社会との距離
「サッカーしか知らないままではいけない」。指導者の視点から、選手が直面する社会との距離感について語る林氏(右)と下條選手(左)なぜ、現役選手である彼女たちが、あえて手間のかかる商品開発や販売に乗り出したのか。そこには、女子サッカー界、ひいては多くの女性アスリートが抱える構造的な課題があった。 本プロジェクトの代表を務め、長年女子サッカーの指導者として10年以上現場を見てきた林氏は、その現状をシビアに語る。
「男子のJリーグと比べると、女子サッカーの環境はまだまだ厳しいのが現実です。WEリーグ(プロリーグ)ができましたが、それでも多くの選手は引退後の生活が保証されているわけではありません。若い頃は『サッカーさえできればいい』と全てを競技に注ぎ込みます。それは素晴らしいことですが、どうしても社会との接点が希薄になりがちです。いざ引退となった時、次に何をすればいいのか分からない、やったことがないから怖い、と言って途方に暮れる選手をたくさん見てきました」(林氏)
林氏によると、伊賀のような地方都市では、引退後の就職先も工場勤務などが多く、選択肢が限られている現実があるという。また、女子選手特有の「雇用の安定」が、逆にキャリアへの危機感を薄れさせてしまう側面もある。
「男子選手と違って、女子選手は企業に雇用されていることが多い分、成績不振ですぐにクビになるということが滅多にありません。ある意味恵まれている環境なのですが、だからこそ『このままでいいのかな』と考えずに過ごせてしまう。でも、20代半ばを過ぎて、引退していく先輩や仲間を見送る中で、『自分からサッカーを取ったら何が残るんだろう』という不安が芽生えたんです。ただ雇用されているだけでなく、自分から動いて何かを作り出す経験をしなければ、次のステップには進めないと感じました」(下條選手)
林氏は続ける。
「下條が出会ったのがたまたま梨農家だっただけで、もし医療系の職場だったら布を使って何かをしていたかもしれない。何をするかが重要なのではなく、現役のうちに社会に出て、地域と繋がり、自分で『0から1』を作り出す経験をすること。それこそが、引退後にどんな道に進むとしても生きる力になるんです」(林氏)
