消すこともできず、説明することもできなかった
本当なら、その時点で彼女に言えばよかったのだと思います。「俺、ちょっと緊張してる」。たったそれだけでよかったはずです。でも、そのひと言が言えませんでした。自分から誘っておいて怖がっているのが、情けなく思えたからです。
ある夜、自室の照明を落としたあと、俺はスマホを開きました。予定表の中にある「親に挨拶!」の文字をしばらく見て、それから予定の名前だけを消しました。日付も時間も、そのまま。予定をなくしたいわけではありませんでした。ただ、その文字を見なくて済むようにしたかったのです。代わりに入れたのは、ハートの絵文字ひとつでした。軽く見せたかったのか、柔らかくしたかったのか、自分でもよくわかりません。
彼女にメッセージを送ろうともしました。「やっぱり、あの話なんだけど」。そこまでは打ちました。でも、その先が続きませんでした。結局、説明しないまま画面を閉じました。
彼女に聞かれても、俺はまた逃げた
次に彼女と会ったとき、彼女は何気ない声で「日程変わったの?」と聞いてきました。一瞬で、予定の名前を変えたことだとわかりました。俺は「ああ、日にちはそのままだよ」と答えました。本当はそこで言えばよかった。「名前を変えたのは、俺が緊張してるから」。そう言えばよかったのに、俺はまた肝心なことを飲み込みました。
彼女はそれ以上聞いてきませんでした。だから大丈夫だと思ってしまいました。でも、数日後、彼女がもう一度その話を切り出しました。「私のこと、親に会わせたくない?」。その言葉を聞いた瞬間、自分が何をしていたのかようやくわかりました。俺が隠していたつもりだった緊張は、彼女の中で別の不安に変わっていたのです。
俺は慌てて否定しました。「違う。会わせたくなくなったわけじゃない」。それから、ようやく本当のことを話しました。「『親に挨拶!』って書いてあると、見るたびに俺の方が身構えちゃって。それで、名前だけ変えたんだ」。言葉にしてみると、拍子抜けするくらい単純な理由でした。でも、その単純なことを黙っていたせいで、彼女をいちばん不安にさせていました。彼女は責めずに聞いてくれました。それが余計に、申し訳なかったです。
