常識にとらわれず、良いと思ったことにチャレンジ
2025年夏、4年ぶり3回目の甲子園出場を決めた瞬間原田監督の本気の活動で実力のある選手が徐々に集まってきたとはいえ、県内には甲子園常連の、青森山田高等学校(以下山田)や八戸学院光星高等学校(以下光星)などの強豪校がある。どちらも選手層が厚く、両校に競り勝ち甲子園に行くのは並大抵のことではなかったはずだ。
「最初は山田・光星に練習量で勝とうと思っていました。しかし、両校とも野球部は午前中に授業を受けて午後は練習をしている。一方、うちは午後も授業があり練習できるのは放課後だけなので、(量で勝つのは)物理的に無理なわけです。ですから途中から『向こうはウサギでこっちはカメだ。だったらカメが得意な海の戦いに持ち込もう』という発想に切り替えたんです」
発想を転換した原田監督は、練習量の少なさをカバーするために、普通ならば下級生がやるはずの雑用を上級生がやるようにルール化した。
「聖愛の野球部のことを一番よく知っているのは3年生。彼らが雑用をやった方が効率がよく終わるのも早いため、使える時間を増やすためにそうしたのです。上下関係のトラブルも、部で過ごした時間が短く慣れていない下級生にやらせて、うまくできないことに上級生がイライラすることで起こりがち。それであれば、雑用は下級生がやるというつまらない習慣はとっぱらったほうがいいと考えました」
これは原田監督が本で読んだことを取り入れたそうで、決してオリジナルではないという。選手集めのときと同じように、いいと思ったことはどんどん取り入れチャレンジするのが原田監督のスタイルだ。
さらに、自分たちの得意とする「海の戦い」に持ち込むために、選手一人ひとりが主体的に考えて動く「ノーサイン野球」を実施することにした。試合中、原田監督はサインを出さない。選手が自分で状況を見て、自分たちに有利な展開に持ち込めると思ったら、自分で判断して動くのだ。
「自主性」よりも「主体性」
弘前学院聖愛高校野球部の原田一範監督この「ノーサイン野球」を可能にしているのが、選手一人ひとりの「主体性」だ。近年の教育現場を始め様々な場で「自主性」や「主体性」といったキーワードは重視されているが、原田監督は自主性と主体性は違うものだと話す。
「『自主性』は管理されている中で自分がどう動くかということ。一方、『主体性』はあくまでも主体は自分。自分から湧き出るものに従って行動するということです。
たとえば、自分はこういう人生を生きたい、将来こうなりたいという考えがあって、だから聖愛の野球部に入り、今はここでこんな練習をしていると思える子は、主体性を備えているといえます。
一方で、SNSやメディアの記事などを見て、聖愛の野球部に憧れて、ここにいれば『自分は成長できる』『甲子園にいける』『いい進路に進めるかも』と思ってしまう子もいます。それは自分で考えて動いている気になっているだけで、実際は主体的だとはいえないのです。部員たちには、主体性を野球を通して身につけてもらいたいと思っています」
選手たちの主体性を育み「ノーサイン野球」を実現するため、原田監督は選手たちに「言語化」させることを徹底した。たとえば練習試合などでは、選手たちに「今のプレーをなぜ選択したのか、どういう意図だったのか」を徹底的に問い掛ける。こうした問い掛けをする際によくありがちなのが、答える側が質問者の望むような返事をしてしまうケース。
「(自分が思ったことではなく)こちらが望むような答えをしているというのは聞いていて分かるので、その時は『そうじゃなくて、正解はないから、自分でどう思ったか言って』と質問し直します。とりあえず相手の求めることを答えればいい、ということではなくて、自分で考えどんどん言語化することを促すようにしています」
質問をし、選手がそれを言語化するのは、多くはチーム全員がいる場で行っているという。周囲の人の失敗や実践から学ぶことで、自分の力にもできるからだ。その考えから、全体に共有することも心がけている。
