プロデューサーと関係者の責任は重い
今回の『新劇場版☆ケロロ軍曹』の批判の傾向で(もちろん誹謗中傷や過度なバッシングは避けることを前提として)真っ当だと思えるのは、総監督と脚本を手がけた福田雄一だけの問題ではなく、この内容に「GO」を出してしまった関係者の責任が重いのではないか、という言説がある。
筆者もそのことに強く同意する。もっとはっきり言えば、安易にアイデアに乗ってしまった木村大プロデューサーと、彼の決定を後押ししてしまった関係者は、金輪際同じようなことはしないように、重く受けとめることが必要不可欠だろう。
劇場パンフレットで、木村プロデューサーは「今回は(ケロロ軍曹の)テレビシリーズも劇場版も終わって結構な年数が経ってしまっている。これまでの流れのまま20周年の劇場版を出してもインパクトがない」との理由で、社内からいろいろなアイデアが出た中で、社内で実写版『銀魂』の製作を担当していた者から「福田雄一さんを総監に迎えるのはどうか」という話があり、当の福田に相談したところ『ケロロ軍曹』が大好きということから、シナリオからオファーをすることになったそうだ。
そして、福田総監督は「福田総監じゃないと実現できなかったことが満載」であることについて「当初自信がありませんでした」と考えて、『ケロロ軍曹』のファンの人たちに「作品を私物化しやがって!」と言われないかと木村プロデューサーに相談したが、「喜んでもらえると思いますよ」と背中を押していただいた、と劇場パンフレットで語っている。また、「原作者陣はみなさんものすごく寛大で、アイデアを話すと『どうぞ、どうぞ』という感じだった」らしい。
まさに観客は、そのようなインパクト重視のアプローチからの「私物化」……いや、そんな範囲に留まらない、「土足で踏み入る」所業にこそ怒りを感じているのだ。百歩譲って、福田雄一作品と『ケロロ軍曹』に「作品内にパロディを入れ込む」という共通点を見出したにせよ、それを作品に落とし込むバランスを考えなければならなかっただろう。
勝手に共犯関係に巻き込まないでくれ
その上で、オファーを受けて総監督と脚本を引き受けた福田雄一自身の姿勢にも大いに問題がある。何しろ、劇場パンフレットで「いい意味で『共犯関係になる』というのが、この映画のひとつの楽しみ方だと思います」と語っているのだ。
その意図は「『絶対にこれはやっちゃダメでしょ』ということを、やっているのが本作のおもしろいところです。映画の感想をSNSなどで拡散するときに、みんなが『これは他の人が観るまで言っちゃダメだと思う』という配慮を働かせてくれて、あえてぼかすコメントをして大喜利的な楽しさが生まれることがよくありますが、『新劇場版☆ケロロ軍曹』も、そういう楽しみ方ができる映画になったと思うんです」とのことだ。
しかし実際に起こったことは、公開日当日に『勇者ヨシヒコ』や実写版『銀魂』のパロディーがあることが公式から発表されて大炎上し、公式サイトからはキャスト陣のコメントが削除された。さらには『進撃の巨人』のパロディについての「不手際についてのお詫び」が掲載され、テレビ東京の廣部琢之取締役から改めての謝罪もあった。
福田雄一の目論見は、言うまでもなく完全に外れている。「絶対にこれはやっちゃダメでしょ」というのが「ただただ本当にダメ」であったし、まったくおもしろくもなかったし、なんなら公式に盛大に明かして炎上しているのだから。そんな炎上の共犯などとは絶対に思われたくない。そっちが勝手にやったことだ。
さらに、福田雄一は劇場パンフレットで「親御さんはお子さんからいろいろと聞かれると思うんですが、『テキトーなオッサンが楽しく作って、お金も儲かる仕事らしい』と伝えてください」「ぶっちゃけ、僕は監督らしい仕事を一切していません。脚本を書いたら、いつのまにかできあがっていました。本当にびっくりしましたね~(笑)」とまでぶっちゃけている。
もう擁護などできようがない。こんな弛緩しきった態度で作品に関わったからこその大炎上なのだ。『新劇場版☆ケロロ軍曹』の数々の問題、特にアニメ映画史に残る悪夢の約5分間は、福田雄一という作家の扱いはもちろん、今後の映像業界で絶対にやってはいけないことの反省材料にしなければならない。お子さんには「テキトーなオッサンが楽しく作って、多くのファンを裏切って、二度と起こしてはならない大炎上となった」と伝えたほうがいいだろう。

