なぜ自治体はここまで及び腰になるのか
さすがに支えきれず、市は当初、利用上限を7万円から2万円へ大きく削り、いずれ制度そのものを健康アプリへ置き換える案を出した。踏み込んだ改革案だった。
ところが、高齢者の猛反発でこの案は後退する。最終的に決まったのは、対象年齢を75歳以上に上げ、自己負担を一律5割にしつつ、利用上限は4万円に留めて制度は残す、という妥協だった。
なぜ自治体はここまで及び腰になるのか。高齢者の投票率が高いからだ。給付を削れば票を失い、選挙で負ける。だから削れない。札幌で若者にヤジを浴びせた高齢者と、その顔色をうかがって改革を丸めた政治家とは地続きである。
受給者の既得権と高齢者票への忖度。もはや自治体では解決できないほどのがんじがらめ。だからこそ、地方の支出より年齢問わず住民全員に等しく効く消費税減税のほうがはるかに健全なのだ。
国も地方も、なぜこれほど既得権を温存し、改革から逃げ続けられるのか。なぜガソリンの穴は一夜で埋められたのに、消費税のときだけは「財源がない」と青ざめるのか。その答えは消費税の特性にある。
「消費税という安定財源があったから、政府は好き放題に国債を積めた」
景気が良かろうと悪かろうと、人が動かなかったコロナ騒動の時ですら、消費税は確実に取れた。所得税や法人税のように景気で税収がブレることはない。
この「絶対に取りっぱぐれない財源」を手にした瞬間から、政治家の行動原理は変わった。確実な税収があれば、それを担保に赤字国債をいくらでも積める。経済を立て直さなくても、政府は回ってしまう。
負担は広く薄く取られ、支出だけが膨らみ続ける。限度額の書かれていないクレジットカードを政治家に握らせたようなもので、これでは財政規律など働きようがない。
皮肉にも、これをもっとも雄弁に語ったのは、消費税減税に真っ向から反対する側の人間だった。
元衆議院議員の米山隆一氏は、議員時代に自身のネット番組でこう述べている。「野田佳彦元首相が消費増税を決断したからこそ、コロナ禍に何百兆円もの国債を出すことができた」と。
本人は増税の功績をたたえるつもりで語っていたのだろう。だが、これ以上の自白があるだろうか。消費税という安定財源があったからこそ、政府は「好き放題」に国債を積めた。
国政をあずかる政治家自身が、消費税は社会保障を支える財源などではなく、バラまきに走らせる担保なのだと、教えてくれている。

