神社だから安全とは限らない
神社には、「心身を浄化してくれる場所」「運気を上げてくれる場所」という印象があります。
けれど、神社であればどこでも安全というわけではありません。神様がいなくなった神社に、神様ではない別の存在が入り込んでいることがあるからです。
もちろん、建物や境内が荒れていても、神様が力を保ち続けている神社はあります。
しかし私の感覚では、荒れていても神様がきちんといる神社が2あるとすれば、神様ではない別の存在が居ついている神社は8ほどあります。
山中にある管理の行き届いていない神社では、猪や狸、鹿、猿といった動物の霊がいることがあります。また、山で事故に遭った人や、救いを求める人の霊が、お社の周辺にとどまっている場合もあります。
神社は本来、祈りを届け、救いを求める場所です。そのため、人や動物の霊も、救いを求めてお社に近づき、そのまま居ついてしまうことがあるのです。
そうした存在のすべてが、人に悪さをするわけではありません。
しかし、神様ではない存在に向かって祈りを捧げれば、悪い気を受け取ったり、体調を崩したり、霊障のような反応が起きたりする可能性があります。
だからこそ、道中で見かけた神社や祠に、何でも手を合わせることは勧められません。
信仰心の篤い人ほど、お地蔵さんや祠、神社仏閣を見かけるたびに、「ご挨拶をしなければ」と思うかもしれません。その姿勢自体は、すばらしいものです。
ですが、そこにいる相手が本当に神仏であるとは限りません。
とくに海辺や山中、僻地などにあり、長い間きちんと管理されていない神社には注意してください。
過去に神社を参拝したあと体調が悪くなった経験がある人や、周囲の気を受け取りやすい人は、荒れた神社や祠への参拝を避けたほうが安全です。
判別がつかないのであれば、無理にお参りをする必要はありません。
素通りすることも、自分を守るための大切な判断なのです。
祈りは、相手とつながる行為
神社で祈りを捧げるということは、そこに鎮座している存在に自分の思いを向け、その相手とつながることです。
では、神様ではないものがいる神社で祈ったら、どうなるのでしょうか。
起こることは、ある意味では単純です。その「別のもの」と、あなたがつながってしまいます。
神様とつながれば、ご神徳をいただけることがあります。
一方、怒りや憎しみ、執着、怨念などを抱えた存在とつながれば、その重い気を受け取ることがあります。
体調不良だけではありません。それまで順調だった仕事が突然空回りし始めたり、些細な失敗が続いたり、人間関係のトラブルが増えたりすることもあります。
とくに避けたいのが、そうした場所で願掛けをすることです。
たとえば、「恋愛がうまくいきますように」と願ったとします。願い自体は明るく前向きなものであっても、つながった相手が重い執着を抱えていれば、その影響まで受け取ってしまう場合があります。
祈りは本来、とても尊いものです。
しかし同時に、自分の心を相手に向け、つながりを結ぶ行為でもあります。
参拝は、数を多くこなせばよいわけではありません。どこで、誰に向かって祈るのかを見極めることのほうが、ずっと重要なのです。

