世界最高峰のマシンメイドを目指して
その後、丸紅傘下の「パンサー」や、重衣料の名門工場「ファイブワン」での修行を経て、今から十数年前に現在の「ドゥ・ワン・ソーイング」へ参画する。ここで藤井さんは、生涯のテーマとなるシャツに全精力を注ぐことになる。
「当時は『ルイジボレッリ』などイタリアのハンドメイドシャツが脚光を浴びていましたが、繊細すぎて家庭で洗うとパンクしてしまう。高価なシャツを買っても、ケアが難しくて着る機会を失うのは本末転倒ではないか、3万円のシャツの価値とは何かを自問自答しました。ならば、家庭洗濯に耐える圧倒的な耐久性を持ちつつ、マシンメイドでしか到達できない精密さと美しさを備えた最高峰のシャツが作れるのではないかと考えたのです。ぼくらが目指したのは、熟練の職人がミシンの速度をコントロールし、針の進む音を聞きながら一針ずつ魂を込める、究極のマシンメイドです」。
現在は東京を拠点に企画を統括し、岡山の自社工場でオーダーラインを運用している。
「フルオーダーが絶対的な正解ではありません。既製品の完璧な黄金バランスを尊重しつつ、個々のサイズ不一致をカスタマーオーダーで補正し、愛着を持って長く愛用してもらう。それがぼくらの掲げる“後世に残るものづくり”の理想形。手仕事という言葉の響きに安易に固執するのではなく、現代のマシン技術を極めることで、工学的な美しさを両立させたいのです」。
産地の危機を救うパラダイムシフト
現在、日本のシャツ生地生産を支える静岡県浜松市や兵庫県西脇市では、職人の高齢化や騒音規制による稼働制限で深刻な供給難に陥っている。
「機屋の近隣に新興住宅が増え、夜遅くまで織機を回すと苦情が来る。産地そのものが消えてしまうかもしれない危機感があります。入手困難になれば上代も上がらざるを得ない。だからこそ、今ある良質な資源をいかに大切に使い切るかが問われています。ぼくらは社内に1000から1500種類もの生地をストックし、それを守り続けています。この生地たちは、もはや交換不可能な財産なんです」。
藤井さんが打ち出した戦略は、1色10枚などの縛りのない、組み合わせ自由な「合計10枚から」という極少ロットの生産体制だ。
「市場が少ロット多品種へシフトするなか、在庫リスクを低減しつつ多様なニーズに応える。1枚裁断、1枚縫製という手間はかかりますが、オーダーラインを持つ自社工場だからこそ、この柔軟な戦略が可能なのです。これは工場側にとっても、職人の技術を多方面に活かせる絶好の機会となりました」。