ピーター・パーカーを取り戻すために
監督は『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)のデスティン・ダニエル・クレットン。インディーズ映画時代から、個人がトラウマや傷を受容することや、傷ついた人物がコミュニティによっていかに受け入れられるかを繰り返し描いてきたフィルムメイカーだ。
したがって、本作で描かれている傷と抑圧、そして痛みを抱えた者たちというテーマは、非常にクレットンらしいもの。『シャン・チー』でもそうだったように、彼はアクションを通して、登場人物の精神と肉体の変化をダイナミックに描き出している。
それはたとえば、スパイダーマンの爽快でスピード感あふれるスウィングや、身のこなし軽やかなアクション。ひるがえって、身体が思い通りに動かなくなる不調、己の意思を超えて肉体が動いてしまうことの恐怖、そうした現実を突きつけられたピーターの怯えである。
本作において、身体の制御を失うことは、精神や主体性に危機が訪れていることの表れだ。スパイダーマンとしての肉体が不安定になるピーターも、黒幕に乗り移られた人々の奇怪な動きも。だからこそピーターは、自分が捨てようとしていた過去を、自分自身を、他者とのつながりを――すでに壊れかけているそれらをつなぎ合わせ、受け入れ直す必要がある。さもなくば、彼は本当の意味で成熟し、新しい日常(ブランド・ニュー・デイ)を歩み出すことができない。
本作がMCU版『スパイダーマン』として初めてストリートレベルの物語になったのは、この意味でも必然がある。今のピーター・パーカーは、異国の地でも宇宙でもマルチバースでもなく、自分自身と向き合い、最も近いコミュニティに回帰しなければならないからだ。 映画のラストシーンでは、トム・ホランド演じるピーター・パーカーと、ある人物の見せるほんのささやかなアクションが、その統合と回帰を象徴することになる。シリーズの歴史と、積み重ねてきた物語の豊穣さを感じる一瞬だ。
文 / 稲垣貴俊
作品情報
映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の出来事から4年、大人になったピーター・パーカーは、自分のことが忘れ去られたニューヨークで、スパイダーマンとして街を守り、犯罪と戦う日々に全力を尽くしている。人々のスパイダーマンへの期待が高まるなか、そのプレッシャーが自分の存在そのものを脅かし、命に関わる驚くべき身体的変異を引き起こす。同時に、街では不可解な犯罪が頻発する事態が発生。“親愛なる隣人”に、かつて直面したことのない大きな脅威が迫っていた。
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、セイディー・シンク、ジェイコブ・バタロン、ジョン・バーンサル、トラメル・ティルマン、マイケル・マンド、マーク・ラファロ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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