パッチャーコーフェルからグルンゲッツァーへの稜線
自宅から一番近い山は、市街の南にあるパッチャーコーフェル。1964年と1976年、インスブルック冬季五輪で男子滑降が開かれた由緒ある斜面だ。夏はゴンドラで登った先に展望ベンチが点在する、のんびりとした山に姿を変える。先日、息子を誘って、このパッチャーコーフェルから隣のグルンゲッツァーまで、稜線をつないで歩いてみた。

この区間は「ツィルベンヴェーク(Zirbenweg)」と呼ばれるハイキングコースだ。パッチャーコーフェルの山頂駅(標高1952m)から、コース最高点の2060m付近を通り、グルンゲッツァー側のトゥルフェインアルム(グルンゲッツァー山麓駅の近く) まで、距離にして約7km、およそ2時間半の散歩道。
危険な岩場はほとんどなく、樹林限界に沿ってなだらかにアップダウンする、初心者でも歩き通せるルートに分類されている。名前の由来にもなっているズィルベ(ヨーロッパハイマツ)は、ヨーロッパでも有数の規模を誇る原生林で、樹齢数百年という木々が連なる区間もある。片道だけ歩いて、あとはロープウェーで下ることもできるので、日帰りハイキングとしてはかなり手軽な部類に入る。

歩き始めてすぐ、放牧された牛が牧草地でのんびりと過ごす姿に出会う。眼下にはインスブルックの街並みが広がっていて、歩み進めるごとに視界がどんどん開けていく。息子とはあまり多くを話さなくても、並んで歩いているだけで十分だった。余計なことは忘れて、ただ足元の道と正面の山だけに集中できる時間だ。

グルンゲッツァー側に降りると、地元の人たちで賑わう山小屋テラスが待っていた。歩き終えたあとのビール一杯のために、また山に登りたくなる。こういう時間の使い方ができるのも、夏山の大きな魅力だと思う。

山を「面」で使い倒す、ヨーロッパの発想
ヨーロッパのリゾートが夏に本気を出すのは、ひとつのゴンドラやホテルだけでは目的地になりにくいことを知っているからだ。
ハイキングコース、マウンテンバイク、山岳レストラン、周辺の村々までを一体化させ、「山全体」をひとつの観光プロダクトとして磨き上げる。冬に磨いた知名度とインフラを、そのまま夏に転用してしまう発想が徹底しているのだ。
サンクト・アントンのように、初心者向けの散策路から山頂を目指す本格的なルートまで、レベル別に整備されたトレイルが数百キロ単位で広がるリゾートもある。ガスに巻かれながら岩稜を登るような本格志向のハイカーも、家族連れも、同じ山のなかでそれぞれの目的地を見つけられる。

