「守るべき軍事拠点」から「普通のロシア領」へ
ロシアによる北方領土の実効支配は、二つの車輪で進んできた。一つは、ヴェルホフスキー氏らが担った生活・産業基盤の整備。もう一つは軍事的な要塞化だ。
ロシア軍は択捉島と国後島に地対艦ミサイルを配備し、部隊施設を更新。択捉島の軍用飛行場には戦闘機を展開してきた。北方領土をオホーツク海への出入り口と位置付け、米軍や自衛隊の接近を阻む防衛線として重視する。
オホーツク海は、核ミサイルを搭載したロシアの戦略原潜が活動する海域だ。原潜を米軍の追跡から守り、核報復能力を維持する上で、千島列島の海峡は重要な意味を持つ。ウクライナ侵攻後、米国との軍事的対立が深まる中、その戦略的価値はさらに高まった。
今回の訪問に先立ち、プーチン氏は太平洋艦隊の演習を視察した。ミサイル巡洋艦「ワリャク」から訓練を見守り、ロシア東部国境の安全保障を協議した後、択捉島へ向かった。軍事演習と領土訪問を一続きの日程に組み込んだこと自体、日本に対する威圧の意味を帯びた。
一方、択捉島では水産加工場、病院、学校を回った。軍艦とミサイルだけでなく、工場と暮らしも見せる。ロシアは島を「守るべき軍事拠点」としてだけでなく、住民が働き、子どもを育てる「普通のロシア領」として定着させようとしている。
旧ソ連軍の建設技術者として島に渡り、ソ連崩壊後は民間企業を興したヴェルホフスキー氏。その人生は、軍事的占領から住民の生活を伴う経済的支配へというロシアの戦後統治戦略を体現している。
面目をつぶされた日本の省庁
択捉島を歩くプーチン氏の姿に、面目をつぶされた日本の省庁がある。経済産業省だ。
経産省は今年5月、外務省職員のほか、三井物産や商船三井などロシアに権益を持つ日本企業の幹部を伴う官民訪問団をモスクワに送った。ロシア経済発展省や産業貿易省、経済団体の関係者らと会談した。ウクライナ侵攻後、日本政府と大手企業による本格的な訪ロは初めてだった。
経産省は目的について、「ロシアで事業を続ける日本企業の資産や権益を守るため」だと説明。停戦後を見据えた経済・エネルギー協力ではないと繰り返し強調した。
だが、政府内では別の見方が広がっていた。安倍晋三元首相の首席秘書官を務めた経産省出身の今井尚哉氏が内閣官房参与に入り、ロシア側とのパイプを誇示する中で具体化した訪問だったからだ。
しかしロシア側の受け止めは冷淡だった。

