圧倒的な旅立ちを見せた料理家・舘野真知子の存在。「食卓を囲もう」に込めた、自分らしい生き方の追求

思いを込めて、長く受け継がれるものを残す

ー最後まで友情と愛に恵まれながらも、一方で体調は変化される中で、未来の時間が限られていることにどう向き合われていたのでしょうか。

小林さん 「時間がない」という気持ちは強くもっていたと思います。その中で好きなこと、やりたいことをどこまでやり遂げられるか、自分の役目は何なのか。それをひたすら考えながら、やり遂げる強さや覚悟を身につけた10年間だったのかもしれません。

故郷の新聞でコラムを書かせてもらえる機会もあったので、生い立ちを総括したり、自分は何者なんだと考えたり、最後に「ままごとや」の構想ができあがるまで、これまでのキャリアで出会った人たちを振り返っていました。

彼女は病院に勤めていた頃、アイルランドの料理学校に留学する資金を貯めるために、ある喫茶店にケーキを卸していたことがあったんです。月日が経って住む場所も変わったんですが、不思議なご縁で数年前にその喫茶店に行ってみることになったんです。そしたら今もまだ、彼女のレシピでケーキが作られていました。すでに20年くらい経っているというのに、まちが提案したカレーのレシピもそのままでした。料理家の小林カツ代さんは『私が死んでもレシピは残る』で知られていますが、まちもそこで改めて「思いを込めて作ったものは受け継がれる」ということを体感したんです。

あとどのくらいの時間があるのか誰にもわからない中で、自分を徹底的に見つめ直したことで「ままごとや」の構想が生まれました。自分の料理の真髄は何なのかと考えた結果、みんなで食卓を囲み、自分が作ったものを食べながら、誰かの思い出に残るような食事を提供したい。そしてその場に自分も立ち会いたい、と気がついた。だったら利益などを気にせずに、思う存分いい素材と愛情を込めて、好きな人たちを自宅に招こうよ!と話したんです。好きな人たちを全員呼ぶのだって一大事業になるよ、と。

小林さんが見せてくれた舘野さんのノートには、「ままごとや」のコンセプトを綴ったページが。お人柄の良さと、食への愛情に溢れていました。

木戸さん まっちは本当に一貫して、食卓を囲む大切さを伝えていました。彼女の愛が大きくて寛容だったのも、そうした思いが根底にあったからだと思います。いつだったか、残された時間でやりたいことをたくさん挙げて「一つずつ現実になってきている」と教えてくれたこともありました。外国語での出版なども、成し遂げたいことの一つだったんですよね。

松本さん ただやっぱり落ち込んでいる時もありましたよね。去年くらいから左腕がうまく動かなくなった時とか、薬の影響で肌荒れが出たこともあったし。「松本さんは健康で素晴らしいよ〜」とよく言ってくれていました。

小林さん 左手がだんだん動かなくなった時、佐藤初女さんの本を見返したりしてましたね。前とは違う自分でも今できることを、ゆっくりでも続けようとしていました。三角だったおむすびが丸型になったり、大根おろしもゆっくりしかおろせないんだけど、でもそれによって味がまろやかになったことに気が付いたりして、それまでとは違う気づきに気持ちを向けるようにしていたようでした。

舘野さんは書籍にサインする時、「食卓を囲もう」というメッセージを書くことが多かった。

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「また一緒に料理しましょう」

松本さん ご病気のことは先生と出会ってわりとすぐに聞いていたものの、いつも誰よりも元気だったので、まさかこんなに早くお別れが来るとは思ってもいませんでした。

4月29日に仕事の目処がつき、私がいると先生がいつまでも仕事モードになってしまうと思って自宅に戻ったんです。帰り際、「ゆっくりしてくださいね」とあくまでもいつも通りに伝えました。本の事はあとはまかせて、と。先生とのお仕事は全部楽しくて、まだまだやりたいこともあるし、また一緒に料理しましょうね、ということもお伝えしました。先生はほとんど寝ていましたけど、その時はしっかり目を開けて、うなずいて笑ってくれたので、それは今も私の支えになっています。

最後の数日間を一緒に過ごして、人はこんな風に生きることができるんだ、という姿を見せていただきました。やりたいことを全部やって、会いたい人みんなに会って、こんな旅立ち方ができるんだな、って。先生のことが少しうらやましい気持ちになったくらいです。

先生は以前からよく「愛がある仕事をしなきゃね」と言っていました。それは、自分が気持ちを込めてできる仕事のことで、誰かに伝えたくなるような仕事をしようって。

仕事に限らず、愛のあることを選んでいた先生の生き方そのもののような価値観だと思います。だから最後までみんなに愛されて、また亡くなった後もこうして先生の仕事に感謝できる。先生らしさが詰まったこの本も、たくさんの方のキッチンに届けられたら嬉しいです。

亡くなる直前まで制作に取り組んだ『がんばりすぎない発酵づくり』には、発酵食品を愛する全ての人たちに向けたメッセージが込められています。

(取材後記)

私が真知子先生にお会いしたのは、2019年、偶然に恵まれた機会でした。ずっとSNSでフォローしていた真知子先生が目の前に現れて、思いがけず緊張したことを覚えています。その後も何度かお会いできたりお教室に参加したりと、お会いする度に、あの明るい笑顔に惹きつけられ、おいしい食に感動し、お人柄の魅力にどんどんファンになっていました。今回こうしてお三方を通して生き方にまで触れることができ、素直に「あぁ、こんな風に生きたいな」と感じています。真知子先生、本当にどうもありがとうございました。今年の白菜漬けも、お味噌も、麹甘酒も、来年の梅干しも、先生のレシピで作り続けたいと思います。