ワタシ(中村修治)は、2カ月前にVIO脱毛を決行した。必要ない毛も断捨離。介護される段になってカミさんや娘たちに迷惑をかけないためである。自慢の本のコレクションも、ほとんど捨てた。30年間溜めに溜めた紙の資料の類もキレイさっぱり。すべてを捨てることが惜しくなくなった!!それもこれも、2022年に、田舎の実家を完全処分したことから始まった。ワタシは、還暦にして覚醒した。その実体験を読んでくれ!!

ずっと先送りにしてきた大問題が!?

我がおふくろが、この家に嫁いできたのは昭和33年(1958年)。65年近く住んだことになる。その間に、娘と息子は実家を出た。パートナーである親父を亡くしてから18年、ここでひとり暮らしをしていた。自分の死期を悟った親父は、おふくろのためにリビングをリフォーム。近所の人たちが集まって話せる場所をつくって逝った。

それからというもの、長男であるワタシには、いろいろとプレッシャーがかかった。帰省をする度に「この家はどうするのか!?」「この仏壇はどうするのか!?」「お墓はどうするのか!?」とおふくろの悩みを聞くこととなった。

この実家に戻って暮らすことなど微塵も考えたことのないワタシにとっては「おふくろが死んだらどうにかする!!」と、ずっと先送りにしてきた。いや先送りにするしかなかった。この大問題は、年々重くなっていた。

そして、2021年12月27~28日の彦根豪雪。
予期せぬカタチで、先送りしてきた問題が一気に片付いた。
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解体中の実家
※大正後期に建てられたという解体中の実家。

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お金のことも忘れるんだ!!という事実。

豪雪により屋根が破壊され、被災者となったおかげで、おふくろが横浜のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に転居してくれることを承諾してくれた。この決断とともに、還暦の長男の役割は、この実家の処分である。

実家解体が決まったので、おふくろが代々大事にしてきたモノを処分する必要があった。嫁入り道具、着物、布団、農機具…気の遠くなるような量のモノを処分するしかなくなった。

しかし、ここで驚いたのが…当時87歳のおふくろは、実家に遺していたものへの記憶も執着も、ほとんどが無くなっていたことである。モノだけではなく、貯金通帳にいくら残っているか!?保険は、何に入っているか!?の詳細も、ほとんど記憶にない。認知症の初期症状が出ているとは言え、こんなものか!?と驚愕した。

本宅と離れと小屋の3棟から出されたモノの95%は、処分ゴミとなった。リサイクルショップや骨董屋さんが持って帰ったのは、ほんの一部。大事に取っていた割には、ひとつも資産になっていない。ちなみに縦型ピアノは、5000円で引き取られていった。笑


引き取られていくピアノ
※あの「ピアノ売ってちょーだい」の会社に引き取られていくピアノ。