政党が合併を選ぶ「恐怖」と「保険」
つまり、この合併劇の正体は、「小選挙区で勝ちたい立憲」と「比例で生き残りたい公明」が、互いの弱点を補うために手を組んだ、究極の互助会だったのである。
このなりふり構わぬ生存戦略を、学術的な視点から裏付けてくれる論文がある。政治学者のジョヴァンナ・マリア・インヴェルニッツィが発表した研究(The Journal of Politics誌掲載『なぜ政党は合併するのか? 選挙の流動性と長期的連立』2023年)だ。
インヴェルニッツィは、政党が合併を選ぶ動機を「恐怖」と「保険」という言葉で説明している。
「本稿では、選挙の不確実性が、政党指導者に短期的な同盟や恒久的な合併を結成させる体系的なインセンティブを生み出し得ることを論じる。……この設定において、合併は、有権者の将来の選択が予測困難な場合の保険装置となる。モデルは、合併が現在のコストを伴うにもかかわらず、将来の人気喪失への恐怖から政党が合併し得ることを示している」
立憲民主党政策の「いかがわしさ」が、白日の下に晒された
今の日本のように、有権者が次にどこへ投票するのか誰にも予測できない「先が見えない」状況では、政党は恐怖に駆られる。その恐怖に対する「保険」こそが、合併なのだ。この論文の指摘は、まさに今の両党の心境を言い当てている。
公明党にとっての「保険」とは、自らの組織票を立憲に差し出すという「現在のコスト」を支払ってでも、党が消滅するという「将来の破滅的な結果」を回避することだった。彼らは、将来の人気喪失を何よりも恐れ、合併というシェルターに駆け込むことを選んだのだ。
計算は完璧に見えた。互いに得をするはずだった。しかし、この打算には致命的な副作用があった。それは、立憲民主党が掲げてきた政策の「いかがわしさ」が、白日の下に晒されてしまったという点だ。
これまで、立憲民主党は「リベラル」や「護憲」といった言葉で自らを飾り立ててきた。しかし、公明党と合併し、隣に「(20年以上、自民党と歩み、与党としての責任を果たしてきたという)まともな基準」が置かれた瞬間、メッキは剥がれ落ちた。
公明党が持ち込んだ政策は、実現可能な財源を裏付けとし、国家の安全保障を現実的に考える、徹底して「まとも」なものだったからだ。

