レアで食べられないならさわやかの代わりにならない
「さわやかと同じ味じゃないと意味がない」的な指摘をしてきた人たちには、「さわやかと同様に客席で仕上げるタイプのハンバーグレストランという基準で紹介した」と伝え、一部の人たちには理解してもらえた。
しかしながら「さわやかと同様にレア肉なのか」「レアで食べられないならさわやかの代わりにならない」と指摘する人たちの大多数は、何を言っても納得してもらえなかった。
ハンバーグの提供方法とおいしさこそさわやかの魅力
そこでわかった。一部のさわやかガチ勢は、さわやかに対して、ハンバーグの提供方法ではなく「レアで食べられるハンバーグ」という点を重視しているのだと。「さわやか=レア肉」という原理主義の人たちがけっこういるのである。
確かにさわやかのハンバーグはレアでも食べられるといわれている。しかしながら、筆者のさわやかに対する価値感はそこを重要視していなかった。客の目の前で仕上げてくれるというワクワク感と、ハンバーグのおいしさこそ、さわやかの魅力だと考えていた。今もその考えは変わらない。
しかし一部のさわやかガチ勢は「レアこそがさわやかの魅力」と考えているようで、他店を「さわやかの代わり」として紹介した筆者に対して、「レアで食べられないならさわやかの代わりとは言えない」的な不快感をもったようだ。
