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【メディア分析】「小学館スキャンダル」で問われるガバナンス―― 「独立国」化した編集部と雑誌パッケージ解体の果てに <連載:アニメノミライ・ねとらぼ支店>

【メディア分析】「小学館スキャンダル」で問われるガバナンス―― 「独立国」化した編集部と雑誌パッケージ解体の果てに <連載:アニメノミライ・ねとらぼ支店>

「個」の時代におけるパーソナルな関係値と「オーバーラポール」

 このようなレーベル中心の展開と、供給すべき作品数の爆発的な増加は、制作現場にこれまで経験したことがないプレッシャーをもたらしました。読者の皆さんも「マンガ編集者募集!」といった求人プロモーションを目にしたことがあるのではないでしょうか? メディアミックス展開の起点(原作)となるマンガ需要の高まりに応えるため、そして、プラットフォーム上での競争を勝ち抜くため、出版社は組織を急速に拡大・組成する必要に迫られ、結果として外部のフリーランス編集者や編集プロダクションを大量に活用することになりました。

 かつての雑誌時代にも外部の編集プロダクションは存在していましたが、現在の環境下におけるプレッシャーの質は当時と異なります。人材の流動性が高まった現在、編集者たちは自らのキャリアを築き、生き残っていくために、新しい才能を発掘してヒットメーカーへと育て上げる「プロデュース力」を直接的に問われます。彼らにとって有望な作家との関係は、業界を渡り歩くための名刺代わりとも言えるものです。

 「雑誌」という大きな傘がなくなった現在、もはや編集者は裏方の「黒子」ではいられなくなりました。現代のマンガ業界では、「個」としての編集者の力が、かつてなく存在感を増しています。『宇宙兄弟』などを手がけた佐渡島庸平氏(2012年にコルクを設立)、『チェンソーマン』などをメガヒットに導いた林士平氏(2022年にミックスグリーンを設立)など、気鋭の著名編集者たちの独立の動きがありました。また、マンガワンで4代目編集長を務めた豆野文俊氏も、2025年にアムタス(めちゃコミック)に移籍して新たな編集部を立ち上げるなど、出版社以外の電子プラットフォームへの人材の流動化も起きています。

 実際、今回の舞台となった小学館の「マンガワン」の編集者たちも、YouTubeなどで積極的に顔出しをして作品の企画意図や制作の裏側を発信し、自らプロモーションの先頭に立つ姿が見られていました。そして、「新しい才能を見つけ、良い作品を作って結果を出さなければならない」という強烈な動機のもと、編集者は作家個人の「才能」に直に依って立ち、作家の創作にかける情熱を作家に代わってメディアで語り、結果として1対1のパーソナルな関係性が極端に強まります。

 かつての黄金期を牽引した元『週刊少年ジャンプ』の名物編集長・鳥嶋和彦氏は、若手編集者に対して「会社(編集部)と作家の意見が対立したら、必ず作家の側に立て」と指導していたことで知られています。強固な「雑誌」というシステムと編集長という絶対的な重石が存在した時代において、この言葉は巨大な組織の論理から“作家のクリエイティビティ”を守るための優れた哲学でした。

 しかし、「雑誌」という後ろ盾が解体されつつある現在、この関係性は別の意味を帯びてきます。それは「才能」と「狂気」の危うい関係性です。

 クリエイティブとは、時に常識からの逸脱(歌舞伎でいう「傾く(かぶく)」こと)と隣り合わせにあります。創造性と狂気(精神病理)の関連については、19世紀の精神科医チェーザレ・ロンブローゾによる古典的名著『天才論』をはじめ、近年でもスウェーデンのカロリンスカ研究所による大規模な疫学調査(Kyaga et al., 2011)において、クリエイティブな職業に就く人々と精神疾患の関連性が示唆されるなど、学術的にも長く議論されてきたテーマです。

 常人が思いも寄らない(時に規範から外れた)発想こそが、エッジの効いた素晴らしい作品を生み出す源泉となるのも確かです。しかし、今回明らかになったおぞましい事件は、その発想を現実社会に現出させてしまったが故の、決して許されない過ちです。

 本来、ビジネスサイドの人間である編集者は、客観的で冷静なフィルターとしての機能を持たねばならず、作家の狂気や逸脱に完全に呑み込まれてはなりません。しかし、過剰な同調(オーバーラポール)によって作家と個人的に深く結びつきすぎた結果、担当編集者はその機能を見失い、被害者への独断での示談介入や拙速な別名義での再起用という企業倫理を逸脱した行動へ繋がってしまったと推測されます。

 では、出版社は今後どのような体制を構築すべきでしょうか。作家をコンプライアンスでがんじがらめにし、編集者の行動を徹底的に管理すればよいのでしょうか。

クリエイティブの「裁量」と「危機管理」を分離するシステムへ

 今回の事態を受け、小学館は外部有識者による「第三者委員会」の設置を発表しています。

【ITmedia NEWS】小学館、第三者委員会設置へ 「マンガワン」での原作者起用問題を調査

 『セクシー田中さん』の際は社内委員を中心とした「特別調査委員会」でしたが、今回はより客観性の高い第三者委員会が組まれたことからも、事態の深刻さが窺えます。なぜ、編集者と編集部は今回のような間違いを犯してしまったのか、詳細はこの調査結果を待つ必要があります。

 近年、マンガ等における「非実在青少年」を巡る表現に対し、2016年に国連の特別報告者から規制勧告が出されるなど、グローバルでは厳しい目が向けられています。架空の表現上の問題ですら議論の的になる中、現実の児童・未成年に対する加害・搾取事件や隠蔽が明るみに出れば、日本のマンガ出版社が推し進めるグローバルなIP展開に多大な悪影響を及ぼす懸念もあります。

 ただここで強く警戒すべきは、過剰な管理体制を敷くあまり、日本のクリエイティブ最大の強みである「個人の裁量」や「エッジの効いた面白さ」という、本来の生命線まで絶ってしまう本末転倒な事態です。大前提として、電子化に伴う異業種からの転籍という文化のインストールもあり、多くのマンガ編集者たちは、大変なプレッシャーの中でも真摯に、高い倫理観を持って作家や作品と向き合っています。事件の再発防止を求めるあまり、作家や編集者が作品を作る上での「個人の裁量」を奪うような空気が強まりすぎれば、日本のマンガは活力を失ってしまいます。

 雑誌というメディアパッケージが解体され、デジタル空間に偏在するレーベルと作品のコントロールという難易度の高い取り組みと並行して、日本のマンガやアニメが世界規模のビジネスへと成長していく中、クリエイターの才能と作品作りの土壌を守りながらも、犯罪やその隠蔽などを起こさないバランスの取れた、しかし断固たるガバナンスの再構築が、いま急務になっているのです。

配信元: ねとらぼ

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