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「推す」という行為が、すっかり変わってしまった—— 『超かぐや姫!』と『パリに咲くエトワール』が映し出す、2つの「応援」の形 <連載:アニメノミライ・ねとらぼ支店>

「推す」という行為が、すっかり変わってしまった—— 『超かぐや姫!』と『パリに咲くエトワール』が映し出す、2つの「応援」の形 <連載:アニメノミライ・ねとらぼ支店>

「応援」の形が変わった時代に、2作が問うもの

 この2作が2026年の春、同時に劇場にかかっているという事実は、「応援する」という行為の意味が世代によってすっかり異なるものになっていることを、くっきりと映し出しています。

 映画・アニメビジネスメディア「Branc」の杉本穂高編集長が指摘するように(ITmedia NEWS、2025年9月)、近年の劇場映画はもはや単に物語を観に行く場所ではなく、推しのキャラクターを応援するライブ会場としての性格を帯びつつあります。

 若い世代にとっての応援は双方向で、参加的で、数字として可視化され、推した側も変化していく。往年のファンにとっての応援は一方向で、間接的で、報われるかどうかわからない長い蓄積の中にある。どちらが「正しい」応援か、という話ではありません。ただ、どちらの応援の形においても、2作の主人公たちは「与えられた困難」ではなく「選び取った困難」を背負っています。

 『親ガチャの哲学』の中で戸谷氏は、生まれた環境への絶望から抜け出すには「自分の人生を自分のものとして引き受けること」と「他者との連帯」が必要だと述べています。その処方箋を、2作は物語の形で実装しているのかもしれません。立川の郊外からバーチャルな世界へ、あるいは保守的な家庭からパリの街へ——。どちらの主人公も、与えられた運命を「ハズレ」と嘆くのではなく、そこから自分の意志で踏み出すことを選んでいます。そしてその一歩は必ず、誰かとの連帯によって支えられています。

 その対比をもう一歩進めれば、2作はじつは「大きな物語」との向き合い方においても鮮やかに対称をなしています。

 『超かぐや姫!』が転覆しようとするのは、日本人の誰もが知る『竹取物語』という「大きな物語」そのものです。「Ex-Otogibanashi」——おとぎ話を超えていく——というタイトルが示すように、本作は1000年以上も受け継がれてきた物語の結末を、若者たちの連帯と意志の力で書き換えることを高らかに宣言します。

 対して『パリに咲くエトワール』の登場人物たちは、戦争や革命という歴史の奔流——誰にも変えられない「大きな物語」——には抗えません。ただ、その中で自分と、自分と連帯する人々だけの「小さな物語」を精一杯変えていく。このほろ苦い非対称性こそが、2作のカタルシスの質の違いを根底から規定しているのかもしれません。更に言えば後者の「小さな物語」を変えていく営みこそ、現実の世界に生きる私たちの多くが日々味わい、苦しみながらも何かを掴み取っていく過程と重なります。

 興行成績では『超かぐや姫!』の圧倒的な数字に及ばない『パリに咲くエトワール』ですが、国民的映画となった『名探偵コナン』の公開後もスクリーンをなんとか維持しようとする映画館が少なくなく、映画ファンや上映館オーナーの静かな支持が広がっていることが窺えます。

 「おとぎ話を超えていく」——『超かぐや姫!』の主題歌「Ex-Otogibanashi」が高らかに宣言するように、かぐやたちの物語を見届けた若い世代にも、ぜひ劇場に足を運んで『パリに咲くエトワール』を観ていただきたいです。緑黄色社会が歌う『パリに咲くエトワール』の主題歌「風に乗る」は、その名の通り、嵐の中でもしなやかに前へ進もうとする誰かの背中を、静かに押してくれるはずです。

配信元: ねとらぼ

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