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闇は光より速い――光速を超え無限大へ向かう「特異点」を発見

闇は光より速い――光速を超え無限大へ向かう「特異点」を発見

ペアで生まれて、ペアで死ぬ――特異点の掟

暗闇の点の速度分布(赤い線)と、比較対象である粒子の速度分布(黒い点線)。横軸は速度(光速cで割った値)、縦軸は確率密度。黄色く塗られた領域が「光速を超えた領域」で、暗闇の点の分布は、ここまで明確に裾を伸ばしている──全体の29%がこの領域に入る。一方、粒子の分布はこの領域にほぼ届かない。「暗闇の点は粒子のように見えるが、速度だけは粒子の真似をしない」という、論文の核心を一目で示すグラフ。/Credit: Bucher et al., Nature (2026)

先に述べたように、今回の観測の舞台となった薄い窒化ホウ素の結晶です。

研究者たちはここに光を当てます。

すると位相特異点と呼ばれる闇が複数出現します。

そこで研究者たちは、追跡のための観測装置を組み上げ、髪の毛の太さの約3分の1ほどの極小の視野の中で、約50個の暗闇の点を同時に追跡することに成功しました。

この観測装置の性能は凄まじく、3フェムト秒(1秒の300兆分の1)刻みの精度で、暗点の動きを捉えられます。

3フェムト秒というのが、どれぐらいの短さかというと、真空中の光ですら、その間にわずか0.9マイクロメートル(人間の細胞より小さい距離)しか進めないぐらいの一瞬です。

このとき、闇はどのくらい動いていたのでしょうか?

すると意外な姿が見えてきました。

闇の点たちは暗闇の点には「右巻き、左巻き」の2種類があったのです。

身近なたとえで言うと、頭頂部のつむじ。つむじには右巻きと左巻きがありますよね。あれと同じだと思ってください。

ただ現れ方に奇妙な特徴がありました。

空間の極めて近い2か所に、新しく『振幅ゼロの点』が同時にひょっこり現れると、その2つの点のうち、片方が右巻きの中心、もう片方が左巻きの中心として生まれる――という感じです。

さらに右巻きと左巻きの特異点(闇の点)たちは、基本的に同じ数だけ生まれて、同じ数だけ消えていくということを繰り返していました。

何もない状態から渦が生まれるなら、合計の「巻き」がゼロのままでなければならない――私たちの宇宙にはそういう保存則があります。

そして空間がなめらかに繋がり、波が波として連続的に存在するこの宇宙では、この法則は破られないようになっているのです。

右巻きだけ、左巻きだけが安定して増えるわけではなく、通常は全体の巻きのつじつまが保たれるように現れるのです。

ここに「なぜ?」という疑問が浮かぶかもしれません。

実はこの先は、物理学が答えを持たない領域です。

渦は逆向きペアでしか生まれない

↓  なぜ?

連続性が保たれなければならないから

↓  なぜ?

波がなめらかに存在できなくなるから

↓  なぜ?

宇宙の物理法則がそうなっているから

↓  なぜ?

こめんなさい、わかりません

「波が連続的に存在する宇宙だから、こういう法則が成り立つ」と説明することはできても、「なぜ、波が連続的に存在する宇宙なのか」を問うと、物理学はそこで沈黙してしまうのです。

ファインマンが「磁石が反発するのはなぜですかと聞かれても、それより深い説明はないんです」と言ったように、宇宙の法則は最終的にどこかで「そういうものなんだ」という地点にたどり着きます。

本論文の特異点が従う掟も、その最も深い場所に近いところに根を持っているのです。

さて物理法則の深淵を覗いたところでいよいよ本題です。

闇のが光の速度を超え無限大になる瞬間

闇が光の速度を超え無限大になる
闇が光の速度を超え無限大になる / 2つの暗闇の点が出会って消滅するまでの9フェムト秒を5コマで切り取った画像。最初のコマでは「v<c」(光速以下)の文字が示すように、2つの点はゆっくり近づいているだけだが、後半のコマでは「v>c」(光速超え)に切り替わり、最後の瞬間、2つの点は重なって消える。上段は実験、下段はシミュレーションで、実験結果とシミュレーションが一致していることもわかる。/Credit: Bucher et al., Nature (2026)

そしてここで、本論文が捉えた最も劇的な瞬間がやってきます。

光の中に生まれた振幅ゼロの逆向きのつむじが、お互いを引き寄せ合うように近づいていったのです。距離が縮むにつれて、両者の相対速度はぐんぐん上がっていきます。

そして衝突して消滅する直前の最後の数フェムト秒、速度は理論的には無限大に向かって発散します。

論文の図2には、その瞬間がはっきり写っています。最後の約9フェムト秒のうち、前半は光速未満で動いていた2つの闇の渦の距離が、後半になると爆発的に加速し、最後の数フェムト秒で光速を突破します。

そしてさらに距離がゼロに近づく瞬間、速度は理論上、無限大に発散します。

「ここで「光速を突破」「無限大に発散」と聞くと相対性理論に違反するのでは?」と思うでしょう。

しかしアインシュタインの特殊相対性理論を詳しくみてみると「光速を超えるな」と命じているのは、実はすべてのものに対してではないのです。禁止されているのは「エネルギーや情報や物質を運ぶもの」だけです。

なぜか。理由はとてもシンプルで、もしエネルギーや情報を持った何かが光速を超えると、原因と結果がひっくり返ってしまうからです。

光速を超える信号があれば、それを使って「未来から過去へメッセージを送る」ことが原理的に可能になり、「タイムマシンで過去の自分にメッセージを送って事故を防ぐ」みたいなパラドックスが起きてしまう。

宇宙が因果関係を保てなくなる。だからアインシュタインは「これだけは禁止」と封印したのです。

逆に言えば、エネルギーも情報も運ばない「幾何学的な構造」なら、いくら速く動いても、宇宙は何も困りません。原因と結果のバトンを渡しているわけではないからです。

論文の中で、研究チームはこの点をはっきり明言しています。

位相特異点はエネルギーや情報を運ばないため、因果律を破ることなく超光速で「移動」することができるというわけです。

ただし、ここで一つ、重大な意味が出てきます。

物理学者たちはこれまで、暗闇の点(位相特異点)を「液体の中の粒子と同じように振る舞う」と捉えてきました。お互いに引き合ったり、距離の相関に秩序があったり、ペアで生まれたり消えたり――まるで本物の粒子みたいにです。

ところが、本論文はそれは違うと示しています。

消滅の瞬間、暗闇の点は粒子のように振る舞うのをやめます。

粒子は決して光速を超えませんが、暗闇の点(位相特異点は)は超えます。

粒子と特異点の同一視は、ここで破綻してしまします

実はこれが、本論文の本当の核心の1つです。

「光より速いものを見つけた」というニュース性の裏側で、約50年間信じられてきた「特異点は粒子の親戚」という見方が、消滅の瞬間という極限状況では崩れることが、ついに観測で確認されました。

「特異点は粒子のような秩序を見せながらも、極限状態では粒子の振る舞いから外れる」ということを、消滅の瞬間という究極の場面で、人類は初めて観測的に確認したのです。

ただ、それでも純粋に数学的な点に過ぎないわけでもありません。

論文も冒頭で、位相特異点を「整数値(±1)に量子化された保存量を持つ点」と位置づけ、超流動、超伝導、音波、光場などに広く現れる普遍的な構造だと説明しています。

つまり、いろいろな波の世界で実在する構造的な特徴であり、さまざまな場所に出現し得るというわけです。

さらに、光の特異点は光と物質の相互作用の制御、超解像イメージング、古典情報・量子情報の符号化にも関わると書かれています。

つまり、数学世界の架空の点などではなく、実在する場の構造です。位相がぐるりと巻き、中心では振幅がゼロになり、左右の回転方向(正負のトポロジカル電荷)を持つものです。

配信元: ナゾロジー

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