「差別していく素養はもう日本人も持っているので」
––––あの二人は無国籍状態に置かれているロヒンギャですから、パスポートを持てず、自由に海外に移動できない中、どのように撮影されたのでしょうか。作品を見ると、生地のミャンマー、難民キャンプのあるバングラデシュ、そして目的地のマレーシアと三か国を移動していますね。
「これは彼女たちのセキュリティに関することなので、どこでとは具体的には言えませんが、一か国、それもあの姉弟が暮らす周辺で全部撮影しました」
––––ロヒンギャが晒されている状況は深刻で、ミャンマーの公教育の歴史教育の中でも違法移民だと刷り込まれているわけで、仏教右派だけではなく、一般的な市民もまた迫害に加担させられています。根強い差別ですね。
「そうですね、そう感じます。政治家や軍、一部の国粋的な人だけではないですからね。国として、個人の問題以上のことが起きている。日本人としてもすごく怖いというのは感じます。差別していく素養はもう日本人も持っているので」
––––一方でフランスの上映でこの映画を見たミャンマー人が、『自分たちはロヒンギャに対する偏見があったが、その気持ちが変わってきた』という発言をされたと聞きました。偏見を解く反応は他に出て来ているのでしょうか。
「フランスでの出来事は嬉しかったですね。上映の後、僕たちの配給宣伝チームにそういう声が届いたのです。そしてこのエピソードを僕が外国特派員協会の記者会見でしたところ、そこに来ていたタイ人の女性ジャーナリストも『私もそのミャンマー人と同じように考え直しますね』とわざわざ言いに来てくれました。
これなどはロヒンギャの出演者たちに聞かせてあげたかった言葉です。映画はより多くの人に届けるという使命もありますけども、たった1人の心の中に思いが宿るということも大切で、これだけでも制作して良かったと感動しました」
––––2021年2月1日には、ミャンマー国軍によるクーデターが起きました。NLDが大勝し、国軍系の政党が大敗を喫した選挙の結果を尊重せずに、ミンアウンフライン将軍は非常事態宣言を発令して権力の座を奪ってしまいます。
このクーデターで、それまで『我々の軍隊がロヒンギャを殺害などしていない』『そんなのはフェイクニュースだ』と言っていたビルマ族を中心とした他民族のマジョリティからもようやく真実が分かったという発言が出てきました。クーデター後にロヒンギャを取り巻くミャンマー社会のそういう変化については、感じたことはありますか?
「それについてはすごく衝撃を受けたことがあって、あれはヤンゴンの路上だったと思うんですけど、ひとりの若者が『ロヒンギャの痛みが分かる』というプラカードを持って立っている写真を見たんです。それは強烈なインパクトがありました。
あの時点でヤンゴンの路上でひとりでロヒンギャに言及して抗議するというのは、相当のリスクがあったと思うんです。僕は恥ずかしくなってしまいました。
ミャンマーにはそれまで縁が積み重なって10 年間通って来ていましたが、それは嘘で固められたものだったのかとも考えてしまいました。クーデター以降、僕もミャンマーに行けなくなったし、この映画を撮ることによってミャンマーでの友人関係が壊れてしまったとしてももうそれは気にしないでおこうと思っています」
「家に帰る」というキーワード
––––映画について話を戻しますと、監督が最後にキーとして出してくる「家に帰る」というワード。放り出されて寄る辺が無い姉弟で当てにする住所も分からず、要はただ迷い続けているのですが、この「家に帰るよ」という言葉でソミーラがシャフィを励まして旅を続けていく。
バングラデシュのロヒンギャの難民キャンプでは、ロヒンギャ語とミャンマー語を学ぶんですよ。そして必ずミャンマー国家を斉唱した後に勉強を始める。つまりあの110万人のロヒンギャ難民たちは、こんなひどい目に遭いながら愛国心を持ったまま、故国ミャンマーの家にいつか帰るために学習をしている。
で、将来の君たちの将来の夢は? と問うと、ほとんどの男の子がミャンマー軍に入りたいと言う。君たちを襲ってきた人たちじゃないの?と聞くと、だから僕たちが入隊してこんなことはやめさせるんですと語る。
こういう形で迫害を受けたら、報復するとか、ラカイン州は分離独立するぐらいのことを言うと思うのですが、ミャンマーという家に帰りたいというのですね。こういうロヒンギャのアイデンティティも監督自身が取材されている中で気づかれていたのでしょうか?
「そうですね。家に関しては本当にロヒンギャの人たちは、ミャンマーという国に対する思いというのが強烈にありますね。いつかは国籍を取り戻してミャンマー市民になるという悲願です。一方でそういう一世から生まれた在外の二世、三世の子供からすると、親の言っていることは分かるけど、その故郷というものが、生まれた場所も含めて様々にありますね。
要は迫害されて追われている民族にとって『家』とはいかに重いものであるか。僕は思いとしての『家』というのを映画としてすごく反映させたかったのです。だから取材中も撮影中もそこは意識的に積み重ねてきました。『家』への思いを共有して見てくれている観客の人とも連帯していきたかったのです」
––––ロストランドというタイトルはその家をなくした喪失感とリンクしていると思うのですが。
「まさにそうですね。やっぱり映画は痛みを描く芸術だと思います。お客さんたちには、彼らの痛みを客観的に見て、それが、自分たちの主観的な痛みになっていってほしい。ロヒンギャ以外の人にもあの言葉は通じると思うんです。故郷を失うという意味合いは、体を失うということと同義で、必然的なタイトルだったと思います」

