「こんなに緊張したことはない、というくらい緊張しました。もう感謝しか出てきません」
5月15日、FC東京のクラブハウスで日本代表メンバー発表の中継を見守っていた長友佑都は、自分の名前が呼ばれた瞬間、目に涙を浮かべた。
39歳。日本代表史上最多・アジア選手史上初となる5大会連続W杯選出。しかもこれは温情でも功労者への花道でもない。3月に右ハムストリングの肉離れを抱え、「当落線上」と言われながら這い上がった、一人の男の執念の結晶だ。
「次のW杯を目指すと言ったら、結構な人に笑われた」
カタールW杯(2022年)の後、長友は代表から遠ざかった。2024年のアジア杯では選外、W杯アジア最終予選では招集されながら全10試合でベンチ外が続いた。
ネット上には「長友不要論」が渦巻き、「枠の無駄遣い」という言葉も飛び交った。そんな状況でも、長友は「5大会目」を公言し続けた。
実際、長友は5月17日の代表選出記者会見えこう語っている。
「次のW杯を目指すと言ったら、結構な人に笑われた。それでも自分はここにたどり着けた。カタールW杯から4年間、苦しいこともたくさんあったが、たくさんの方々に支えられてここにたどり着けた」
ただ、追い打ちをかけるように、今年の3月14日の水戸ホーリーホック戦で右ハムストリングの肉離れを負い、戦線を離脱した。残された時間は約2カ月。長友は焦りと不安の中で、5月6日の千葉戦でまず復帰し、10日の東京ヴェルディ戦で先発を果たした。
「魂が届けられるつもりでやった。自分は日本で唯一無二の魂なので」——その言葉通りに、森保一監督の心を動かした。
川島永嗣越え・史上最年長39歳9カ月——森保監督が「プレーヤーとしても見せられる」と太鼓判
今回の選出で長友は、前回カタール大会のGK川島永嗣が持っていた日本代表W杯選出の最年長記録(39歳)を月齢で上回り、史上最年長39歳9カ月(W杯開幕時)での選出となった。
5大会連続はそれまで川口能活、川島永嗣、楢崎正剛が持っていた「4大会」を単独で超え、アジア選手としても史上初の記録だ。
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