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なぜ大作ゲームは「宮崎駿的未来」を描くのか? “クロニック・キャンディ・アポカリプス”――あるいは人類が考えだした“5つの未来”と“ひとつの現実” <連載記事:地球はエンタメでまわってる>

なぜ大作ゲームは「宮崎駿的未来」を描くのか? “クロニック・キャンディ・アポカリプス”――あるいは人類が考えだした“5つの未来”と“ひとつの現実” <連載記事:地球はエンタメでまわってる>

クロニック・キャンディ・アポカリプス――パステルカラーの終末

 ただ、最近のアニメ風なルックを用いたソーシャルゲームは、そういった『ナウシカ』的な未来とは一風異なっている。たしかに壮絶な危機が常態化した未来なのだが、その見た目は一見して現代社会の肌触りを残しているのである。

 たとえば、『アークナイツ』の世界「テラ」は、「源石(オリジニウム)」という名の万能のエネルギー源にともなう天災や、不治の病「鉱石病(オリパシー)」に脅かされる過酷な終末世界である。

 しかし、作中に登場する移動都市の内部には、わたしたちがよく知るストリートファッションに身を包んだ美少女たちが佇み、ネオン輝く近代的なビル群のなかで最新のガジェットを操作している。

 過酷な難民問題や差別問題といった極めてダークな世界観のなかに、現代的な若者文化のルックが砂糖菓子のようにデコレーションされているといえばいいだろうか。糖衣に包まれた劇薬のような世界観。

 あるいは『鳴潮』の世界もその変種といえる。未知の災厄「悲鳴」によって文明の一部が崩壊し、怪異が跋扈する世界でありながら、プレイヤーが足を踏み入れる都市は、どこかスタイリッシュな近未来の中華風サイバー都市である。

 人類の存亡を賭けた凄惨な戦いの合間に、キャラクターたちは洗練された衣服をまとい、美しいエフェクトを散りばめながら華麗に宙を舞う。

 さらに、その文脈で考えるなら、『ブルーアーカイブ』まで視野に入ってくる。ストーリーの舞台となる学園都市キヴォトスは、一見すると青空と美少女、そして平穏な日常に満ちあふれた絵に描いたようなユートピア。

 しかし、その背景には、主のいない「連邦生徒会」の不全、あちこちに転がる不発弾や銃撃戦、そして世界の崩壊を予感させる超自然的な脅威が常に張りついている。少女たちは頭上に輝く光輪を戴き、カジュアルに重火器を扱いながら、お気に入りのスイーツや部活動のために戦う。

 そこにあるものは、終末の「記号」だけを抽出し、パステルカラーのかわいい日常でコーティングした、まさにキャンディ(砂糖菓子)めいた世界観なのだ。

 わたしはこのような「甘い砂糖菓子につつまれた、ポスト・アポカリプス風の世界観」を、広く捉えて「クロニック・キャンディ・アポカリプス(慢性化した砂糖菓子の終末)」と呼んでいる。『ナウシカ』とも『マッドマックス』ともかなり異なる、一見あまったるい未来。

 宮崎駿的未来といい、ポスト・アポカリプスとはいっても、そこには『北斗の拳』的な荒廃と過酷さは見て取れない。

 それでは、なぜ未来社会を描く最近の大作ゲームは、クロニック・キャンディ・アポカリプスのような描写に帰着するのだろうか。ひとつには、現在から直線的に続いた先に未来を想像しづらくなっている事情がありそうである。

 クロニック・キャンディ・アポカリプスの未来は、必ずしもディストピア(反ユートピア)というわけではない。完全に破滅しているわけでも、破綻しているわけでもないのだ。しかし、そこには、それにもかかわらず、紛れもなく終末のあとの世界だという歪みがある。

 そのいびつさはどこから来ているのか? 単にゲームシステム上の都合というだけでは説明がつかないのではないだろうか。

 そのことについて語るまえに、いままでSF作家たちがどのような未来を構想してきたか、「その他の未来像」を少し見てみよう。

クラシックSF――ヒューゴー・ガーンズバック的未来

 その昔、SFの中心地アメリカでは、クラシックなSF小説が希望と可能性に充ちた未来を描写していた。ハインライン、アシモフ、クラーク、フレドリック・ブラウンなど、巨匠として知られる作家たちが繰り広げたイマジネーションの冒険は、しばしば異星人との邂逅やその先の発展を描いている。

 また、『銀河帝国興亡史』『幼年期の終り』『月は無慈悲な夜の女王』『宇宙船ビーグル号の冒険』――宇宙にまで出ていく人類の活躍を描いたこの時代のSFは、今日の目で見てもなお強烈な魅力にあふれているといって良い。

 こういった古典的作品群における未来像を、ここでは、最初期の代表的なSF作家にして編集者として知られる人物の名を取って「ヒューゴー・ガーンズバック的未来」と呼ぶことにしよう。

 パルプ・フィクション雑誌から始まったガーンズバック的未来は、やがて雑誌とペーパーバックの枠を超えて広がっていく。たとえば、クラークの物語を天才監督スタンリー・キューブリックが映像化した映画『2001年宇宙の旅』は、いまなおSF映画の金字塔として記憶されている。

配信元: ねとらぼ

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