それまで鎖国を続けてきた日本が安政6年(1859年)に横浜を開港。以来、世界の文化が流入する玄関口のひとつとして発展してきた横浜。今も残る赤レンガ造りの建物をはじめ、ビールやアイスクリームが日本で初めて作られたのも横浜です。そして今も異文化の街。そんな横浜を知るのなら初めに泊まるホテルは【OMO7横浜(おも) by 星野リゾート】。発見と感動の連続です。
|横浜の名建築がホテルとしてリニューアル
2026年4月に開業したOMO7横浜は、1959年から2020年まで旧横浜市庁舎の行政棟として市民に親しまれてきた建物を再利用。設計は数々の名建築を残した日本を代表する建築家の一人、村野藤吾氏(1891-1984)です。“街をめぐる×街を知る” をコンセプトのひとつにするOMOブランドのホテルとして、建物自体から横浜のレガシーを伝えます。

▲JR関内駅より徒歩約1分
ホテルはJR関内駅のすぐ横にある大型複合街区「BASEGATE横浜関内」の一角にあって、道を渡れば横浜DeNAベイスターズの本拠地「横浜スタジアム(通称ハマスタ)」です。建物の外観は村野藤吾氏が設計した姿をほぼ残していて、屋上には以前ここに魚市場があったことから魚網をモチーフにした塔がたち、中に戦後復興期の市民を励ますため「愛市の鐘」が吊られていました。現在鐘は建物の北側の敷地で見ることができます。

▲1階のOMOベース フロント
1階はコンクリート打ちっぱなしの柱をそのまま残し、旧議場の照明をモチーフにした円形の照明や開放的な丸いフロントカウンターを設置。奥にあるエレベーターの造りにも旧庁舎の雰囲気を残します。
|市民に開かれた旧庁舎を継承するホテル
旧庁舎だった頃は1階が戦後の民主主義を形にした「市民広間」とされ、ホテルとなった今も、誰もが出入りできる自由な空間になっています。村野藤吾氏の実績を記したパネルや、横浜のトリビアを紹介する展示コーナー「ハマイズムコレクション」も見どころです。

▲全ての人に開かれた「市民広間」
フロアにはOMOの形をした椅子が置かれ、ホテルのスタッフ「ご近所ガイド OMOレンジャー」が体験したおすすめの飲食店情報や観光に役立つ「Go-KINJO Map(ご近所マップ)」を設置。特に床は、長方形のタイルを直角に組み合わせたヘリンボーンスタイルで、旧行政棟だった古い床面と新たに再現された新しいタイルがあるので、ぜひ探してみてください。

▲美しすぎる大階段の秘密
ホテルでは階段を上り下りするなど絶対にあり得ないのですが、とても美しく何度でも行き来したくなる大階段があるのもOMO7横浜の魅力です。村野藤吾氏は “階段の魔術師” と言われるほど、個性的で美しい階段を作ることで知られ、旧市民広間にあった大階段を移築再現し、ホテルのアイコニックとして生まれ変わりました。手すりは一部が再利用され、シンプルな曲線で構成された造詣美を見られます。階段の下から8段目までは当時からの部材をそのまま使い、60年の間についた傷も建物の歴史を伝える貴重な資料のひとつです。

▲当時の面影を残すエレベーター
1階と2階のエレベーターは、タイル張りの壁に大理石の枠が組まれた重厚な造り。旧庁舎時代と同じ場所にそのまま残されています。
