芸能界のトイレ博士とトイレ診断士が語る公共トイレの未来

長年「くさい・汚い・暗い・怖い」イメージが付きものだった公共トイレを快適に、かつ、性別・年齢・障害を問わず、誰もが使用できる場所にすることを目指して2018年に始まったのが、日本財団のTHE TOKYO TOILETプロジェクト(別タブで開く)です。

渋谷区(東京都)、大和ハウス工業、TOTO、一般財団法人渋谷区観光協会の協力のもと、世界で活躍する16人の建築家やデザイナーが手掛けたデザイン性・機能面共に優れた公共トイレを、区内17カ所に設置。清掃やメンテナンス部分にも力を入れ、これからの公共トイレはどうあるべきかを社会に投げかけました。


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このプロジェクトを題材に、俳優の役所広司(やくしょ・こうじ)さん演じるトイレ清掃員を主人公にした映画『PERFECT DAYS』(ヴィム・ヴェンダース監督)(外部リンク)が公開されるなど、さまざまな方面から注目を集めたこれらの公共トイレは、日本財団から渋谷区へ2023年6月に譲渡、2024年4月より維持管理を含む全ての業務を移管しました。


2023年6月に行われた公共トイレ譲渡式の模様。左から長谷部健(はせべ・けん)渋谷区長、笹川順平(ささかわ・じゅんぺい)日本財団常務理事

THE TOKYO TOILETの総括として、公共トイレ一つ一つの診断結果を報告書にまとめたのが、トイレの衛生管理を担当した株式会社アメニティ(外部リンク)の代表取締役を務めるトイレ診断士の山戸伸孝(やまと・のぶたか)さんです。

今回は、芸能界一のトイレ博士として知られるお笑い芸人で構成作家の佐藤満春(さとう・みつはる)さんをゲストに迎え、山戸さんと一緒に当プロジェクトの意義や取り組みを振り返りながら、誰もが公共トイレを快適に使える社会づくりについて語っていただきました。

古くても「まだ使えるから」と改装されない公共トイレ

――はじめに、お2人とトイレとの関わりについて教えていただけますか。

山戸さん(以下、敬称略):私が代表を務める株式会社アメニティは、科学的な根拠に基づいて快適なトイレを維持するメンテナンスを提供している会社で、厚生労働省に認可を受けた、トイレの不具合を見極める「トイレ診断士」という社内検定制度も設けています。

THE TOKYO TOILETが実施されるにあたり、一般社団法人日本トイレ協会(外部リンク)(以下、日本トイレ協会)の会長である小林純子(こばやし・じゅんこ)さんが、公共トイレにおけるメンテナンスの重要性について日本財団に提言を行い、それがきっかけで当社もプロジェクトに携わることになったんです。


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THE TOKYO TOILETプロジェクト内での役割について話す山戸さん

佐藤さん(以下、敬称略):トイレのプロフェッショナルである山戸さんとは対照的に、私は芸人で放送作家というのが本業で、トイレとの関わりはあくまで趣味であり興味の対象なんです。好きが高じてトイレについて勉強をはじめ、個人の立場で日本トイレ協会に入会しました。トイレの本を書いたりイベントを行ったりして、自分のトイレ愛を発信する活動をしている中で山戸さんとも知り合いました。

アメニティに修行に行って名誉トイレ診断士の資格も取得したんです(笑)。なので、トイレとの関わりについて言うなら「トイレが大好きな人」というのが私を表す言葉かな、と思います。


山戸さんとの出会いについて話す佐藤さん

――THE TOKYO TOILETというプロジェクトは、公共トイレを誰もが使いやすい場にするのが目的でしたが、そもそも公共トイレが抱えている代表的な課題とはどんなものですか?

山戸:よく「くさい・汚い・暗い」と言われますし、女性やお子さんでは「怖い」も加わるのではないか、と思います。お仕事柄、タクシーやトラックのドライバーさんなど移動の多い運送業の方は公共トイレをよく使うようですが、世の中にトイレが借りられる商業施設やコンビニもある中、一般的には公共トイレはよほどの緊急時に使う、という人が多いのではないでしょうか。

佐藤:というのは、造ってから何十年も経過した古い公共トイレが多いのも理由です。メーカーの技術革新によって、トイレの衛生陶器(※)部分はここ数十年の間でどんどん質が良くなっています。つまり壊れにくいので、「まだ使えるから」と古いトイレをずっと使い続けている現状があるんです。


大小便器、洗面台、洗浄タンク、浴槽など、衛生設備に使用する陶製の器具のこと

山戸:衛生陶器自体は、40~50年壊れないですからね。でも公共トイレに付随する配管や付帯設備はそうもいきません。水を流すとレバー付近からも水が漏れ出てくるとか、扉がゆがんで開け閉めがスムーズにできないとか、そういう公共トイレは決して珍しくない。それなのに「用を足すには問題なく利用できる」という理由で、なかなかリニューアルの予算を割いてもらえないことが残念ながら多いようです。

佐藤:「商業施設のトイレをきれいにしたらお客さんが増えた」といった現象が話題になったのはここ最近のことです。データとして因果関係が明らかになるような前例が表れたからこそ、THE TOKYO TOILETのように公共トイレを通じて明るく住みやすい街をつくっていこう、という動きが起こってきたのかな、と感じます。


THE TOKYO TOILETの公共トイレのメンテナンスを行う株式会社アメニティのスタッフ。写真提供:株式会社アメニティ


THE TOKYO TOILETでは月に1回の割合でトイレの定期診断を行なっていた。写真提供:株式会社アメニティ

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快適なトイレの維持には、日々のメンテナンスが必須

――THE TOKYO TOILETの公共トイレの中から、今回は建築家の坂倉竹之助(さかくら・たけのすけ)さんが手掛けた「西原一丁目公園トイレ」を視察しました。どのあたりが公共トイレとしての使いやすさになっているのでしょう?

山戸:まずは、お子さま連れや車いすユーザーの方でも使いやすい広さがあること。空調が行き届き、ホテルや百貨店レベルの清掃がなされていること。そして日中は太陽光を十分に取り込んで明るいこと。夜間は建屋が行燈(あんどん)のように光って付近を明るく照らし、周辺環境の安全性を高めるという役割も持っています。公共トイレとしては最高峰だと思いますね。


山戸さんが絶賛する西原一丁目公園トイレ。撮影:永禮賢(ながれ・さとし)


西原一丁目公園トイレの夜の様子。やさしい灯りが辺りを明るく照らす。撮影:永禮賢

佐藤:こういう完成形を見るまでは、公共トイレにそこまでお金をかける必要があるのか、と考える人もいたと思います。でも自分の住んでいる街にこういう公共トイレがあるのは安心ですし、地域への愛着形成にもつながる。

THE TOKYO TOILETの公共トイレ全般に言えることですが、従来の公共トイレの課題だった「用が足せれば十分、あまりお金をかけない」という発想の真逆。景観やデザインにまで気を使い、おしゃれで入ってみたくなるわけですから。渋谷区を皮切りに、こういう公共トイレの在り方が他の地域にもどんどん波及していくといいですよね。


西原一丁目公園トイレの魅力について話す山戸さんと佐藤さん

――今後、快適な公共トイレを増やしていこうと考えたとき、クリアしなければいけない課題とは何でしょうか?

山戸:トイレの快適さを維持するには、やはりメンテナンスが重要なんです。人間は基本、1日5~7回排泄する生き物で、そのたびにトイレは汚れます。つまりトイレは毎日劣化する、ということですし、数十人が日々使用する公共トイレであればなおさらです。

歯みがきと同じで、トイレも日々の汚れを蓄積させないため、毎日の清掃が大切なんです。そして毎日歯を磨いても歯石が付くのと同じように、日常の清掃では落としきれない汚れを定期的に除去する必要もでてくる。やっぱり地域の水質などによって汚れの性質が変わりますので、そこはプロの適切な対処が必要になるんですよね。

佐藤:では、きちんとメンテナンスをしようと考えると、当然その費用がかかるわけですが、冒頭でお話が出たように「今のままでも用を足すには十分」という理由で、公共トイレの維持管理に予算を割くことについて優先順位がなかなか上がらない、というのが長年のジレンマですね。そういう意味では、区民なり市民なりがいかに行政側に対して「公共トイレをきれいにしてほしい」と働きかけていくか、という面も重要ではないか、と感じます。


各トイレの清掃は週2〜3回実施させる。写真は建築家の坂茂(ばん・しげる)さんが手掛けたはるのおがわコミュニティパークトイレ。写真:日本財団


年に一度、1週間かけて行う特別清掃の様子。建築家の槇文彦(まき・ふみひこ)さんが手掛けた恵比寿東公園トイレを掃除する清掃員の皆さん。写真:日本財団