エルメスでは一般職はエコノミー、職人はビジネスクラスで移動する

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。今回は、2022年11月に京都で開催された展覧会「エルメス・イン・ザ・メイキング」での、印象的な光景について語ります

ブランドがブランドたりうる条件とは

職人という言葉から、私たちはどんなことをイメージするでしょうか?

広辞苑で調べてみると、職人とは①手先の技術によって物を製作することを職業とする人のこと。大工、左官、指物師などを指す、とあります。また②中世の手工業組織であるギルド・座などで、親方の下で生産に従事する雇人、ともあります。

和英辞典で調べてみると、職人とは英語でcraftsman、artisan、worker という呼び方で表現されるとありました。


真っ白な磁器の皿に絵付けをする作業
©Nacása & Partners Inc.

ラグジュアリーブランド業界でも最近とみに職人という言葉が使われています。また、このコラムでも何度か書かせていただいているのですが、ブランドがブランドたりうる必須条件の中に、歴史、物語、高品質の素材、そして「artisan work」、つまり高い職人技が含まれています。

昨年11月22日から27日の期間、京都の「京都市京セラ美術館」で「エルメス」の展覧会が開かれました。展覧会のタイトルは「エルメス・イン・ザ・メイキング」。「エルメス」のクラフトマンシップに宿る創造と革新に触れてもらおうという意図で企画され、2021年コペンハーゲンを皮切りに、世界各都市を巡回している展覧会です。

京都が選ばれたのは、この地が日本の伝統的な技術を伝承し続けてきた、職人たちが数多く生きる街で、過去から現在、そして未来へと継承されるモノづくりの街でもあるからです。

「エルメス・イン・ザ・メイキング」展では、展示スペースが「クラフトマンシップの伝統と文化」、「すばらしき素材」、「モノづくりの地に宿る力」、「『時』はエルメスの友」と4つの空間に分かれていて、「エルメス」の歴史と日常をつないでいます。


手袋はまず素材となる革を型に沿って裁断するところから始まる
©Nacása & Partners Inc.

「エルメス」の職人たちが人々に長く愛されてきたオブジェを丁寧に作っていく様子や、世代を超えて愛用されるように、長年使われたバッグが手入れ・修理される様子も紹介されました。またスカーフの絵柄のための精巧なシルクスクリーン製版の作業や、多くの工程を経て革手袋が作られる様子、純白の磁器に緻密な作業で絵を描いていく様子、気の遠くなるような忍耐力でブレスレットにダイヤモンドをはめ込む作業など、日ごろはなかなか目にできないプロセスを間近で見ることができました。純白のガウンを着て、わき目も振らず、作業に没頭する職人の姿は、「artisan worker」という言葉がぴったりでした。

この展覧会のために「エルメス」の様々な製造部門の職人たちが、愛用の道具、素材、そして専門知識を携えて来日し、その技術の一端を我々に開示してくれていたのです。


エルメスのルーツともいえる鞍と、製作過程の各部分の展示も

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エルメス従業員の3分の1は職人

内覧会にはフランスから「エルメス・インターナショナル」のオリヴィエ・フルニエ エグゼクティブ・バイス・プレジデントが来日。我々取材陣に、今回の展覧会の趣旨、目的などを説明してくれたのですが、そこでなるほどと思った職人にまつわる話をお伝えしたいと思います。

「エルメス」の全従業員数は約18,000人。そのうち職人は約6,000人、なんと約3分の1が職人なのです。そして今回のように海外で展覧会が開催されるときは、一般職には飛行機のエコノミー席がわりあてられますが、職人はビジネスクラスで移動するのだそうです。

つまりいかに職人たちを大事にしているかということが、このエピソードからだけでもわかるというものです。


2023年春にフランスのルーヴィエに新しくオープン予定の革製品のアトリエ模型

「エルメス」が、いかに長く人々から支持され、その名声と価値を維持しながら、さらに高みを目指しているブランドであるか、その真髄を見た思いがしました。また展覧会で実際に働くその姿を見ることで、彼らの矜持、プライドもひしひしと感じられました。実際の作業を見せるというイベントで、職人たちはさらに腕を上げ、仕事に誇りを持つことになるのだろうと想像できたのです。

彼らはただ高い技術を持っているだけではなく、アーティスティックな部分でも非常に優れた能力を持っています。そんな職人たちが作り上げるからこそ、高い品質の、アート作品のような商品が生まれてくるのだということを改めて実感しました。

日本では、特に伝統工芸の世界では後継者不足が大きな問題になっています。もちろんフランスでも同様のことが問題になっています。またこれからの時代はAIが職人に取って代わるのではないかとも言われたりしています。しかしフランスのラグジュアリーファッション産業は国の経済の重要な部分を占めているので、何とか職人の持つ技術やアーティスティックな部分を継承していくために、いろいろな手を打ち始めています。職人を育てる学校の設立や、雇用の確保、雇用形態の改善などがそれです。「エルメス」はその先頭を走る企業の一つだと改めて思わされた展覧会でした。

2023年1月26日