年収700万円の48歳男性、絶句…「資産家の父」急逝で“実家消滅の危機”に陥ったワケ

親不孝のHさんだったが…父からの「意外な遺言内容」

その後、バタバタと葬儀や法要を済ませた頃、母はHさんと妹(45歳)に、1枚のメモ用紙を見せました。母によると、遺産分割の遺志を書いたものであると言います。

Hさんは父に対して長年不義理だったので「何ももらえないだろう」と思いましたが、一応確認してみることにしました。


[図表1]父の遺言に書かれていた遺産分割の内容 出所:筆者作成

どうやら父には、Hさんにも相続の遺志があったようです。Hさんには、「アパートBの土地建物と現金を相続する」と書かれていました。

なお、Hさんと妹に相続する現金は、相続税納付と諸経費相当分で手元にはほとんど残りません。しかし今後はそれぞれに、アパートの家賃収入が入ります。また母は、配偶者の税額軽減制度※1により課税はされません。

同時に、母からも兄妹に自身の資産分配について以下のように話がありました。


[図表2]母の遺産分割案 出所:筆者作成

父は生前、母を連れて知り合いの税理士Bさんに相談しており、母の相続(いわゆる「2次相続」)も考慮しあらかじめ上記の内容に決めていたそうです。Hさんと妹はこの一連の話を受け、特に異論なくどちらの内容についても了承しました。

しかし、Hさんは母から、実家を相続した場合、固定資産税額や修繕費などの維持費が相当な金額になることを聞きました。

Hさんは、「もしかして、その資金がなければ実家を手放すことになるのか」と心配になりました。Hさんは父ほど稼ぎがなく、子どもたちの教育資金や自宅の住宅ローンなどで手一杯の状況です。実家は手放したくないけれど、維持費を捻出するあてもない……Hさんは自分が置かれている八方ふさがりの状況に絶句してしまいました。

困りはてたHさんは母に紹介してもらい、税理士Bに相談。その後、Bと知り合いである筆者のFP事務所を訪ねました。

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筆者がHさんに行った「2つの提案」 

Hさんから話を聞いた筆者は、数日後にBさんとともにHさんの実家を訪問。Hさんと母、妹に対し、次の2つの提案を行いました。

1.母が生きているうちに資産を子どもに移す
2.Hさんの自宅を引き払う準備を行う

1.母が生きているうちに資産を子どもに移す

Hさんの年収は約700万円で、奥様のパート収入を含めても約850万円です。また、このたび父から相続したアパートの家賃収入は、当面、住宅ローンの繰上げ返済に使いたいと言います。たしかに、繰り上げ返済すれば利息支払分を低減することができます。ちなみに、妹の家計収支もHさんとよく似ているそうです。

調べたところ、母の資産には余裕があり、今後単身で生活しても支障はなさそうです。しかし、母が亡くなった場合、相続税の納付や実家の維持費を工面する対策が必要です。

そこで、あらかじめ生前に母の資産をHさん兄妹に贈与し、相続時の課税額の軽減を図ることにします。

2024年以降見直される「相続時精算課税」

相続時精算課税※2は、2024年1月1日より従来の2,500万円の基礎控除とは別に年間110万円までの基礎控除が創設され、この控除分は2,500万円特別控除の対象外となります。したがって、母の相続時の相続財産に加算されません。

そこで、Hさんは2024年以降、母から相続予定の「アパートA土地建物」のうち、“建物のみ”を相続税精算課税で生前贈与してもらいます。アパートAの建物価格は2,500万円以下ですので、贈与税は課税されません。

建物を贈与してもらえば、家賃はHさんの収入となり、アパートの土地は使用貸借として無料で母から借りられます。

加えて、毎年110万円現金を贈与してもらい、アパートAの家賃収入と現金は相続税納付のために貯めていくことにしましょう。

また、Hさんの妹は日頃株式投資をされています。そこで、母は妹に対しては、相続税精算課税を使って2,500万円弱までの株式と、110万円の現金を毎年基礎控除の枠で贈与します。

なお、母の相続時、株価の評価額は相続税精算課税で贈与した時価となります。したがって、贈与する株式は今後株価が上昇する見通しがあるものに絞り、一括して贈与することなく慎重に行う必要があるでしょう。また、配当金も妹の収益になります。

2.Hさんの自宅を引き払う

「60歳になってから引っ越す」と言っていたHさんですが、筆者はすぐにでも引っ越したほうがいいと考えます。その理由は、「小規模宅地等の特例※3」の「特定居住用宅地等」の適用を受けるためです。

「小規模宅地等の特例」の「特定居住用宅地等」とは?

実家の土地を母から相続する際には、国税庁が公表する「相続税路線価」を使って相続税評価額を算出します。

しかし、「小規模宅地等の特例」の「特定居住用宅地等」が適用されれば、宅地のうち330m2(約100坪)まで評価額を80%下げることができます。

「特定居住用宅地等」は、被相続人(ここでは亡くなる母)が自宅として使っていた宅地等に対する特例です。適用を受けるには、次のような主要な要件に当てはまっている必要があります。

1.配偶者が相続する
2.同居していた相続人(長男など)が相続する
3.配偶者や同居人がいない場合、3年以内に相続人などが所有する家屋に居住したことがないこと

Hさんは、自宅のマンションを売却し、その後3年以上実家で母と同居すれば、この特例を受けることができます。そのため、できることならすぐにでも実家に引っ越したいところです。

しかしHさんは、「申し訳ないのですが、すぐには引っ越すことができません」と言います。理由は次の2点です。

①子どもの教育

Hさんの子どもは、現在高校2年生と中学2年生。ともに進学を目指しており、進学先が決まるあと1年半ほどは環境を変えたくないといいます。

②住宅ローン返済中の処分

Hさんには、住宅ローンがまだ約2,200万円ほど残っています。仮に2人の子どもの進学を見届け、1年半後に自宅マンションを売却するとしても、この残債を1年半で完済できる資金はありません。